One Night Lovers
 あまりにも腹が立つので、萎れているシンジを置き去りにして人通りの多いメインストリートへ戻る。

 後ろから「待って」というシンジの声が追いかけてくるが、それを振り切るように早足で歩いた。

 でもシンジも必死に追い縋ってくる。

 私は行き交う人に何度も体当たりしながら、人ごみの間を縫うように逃げた。

 さすがにもう追って来ないだろうと思い、気が緩んだ瞬間、後ろから腕を掴まれた。


「そんなに怒らなくてもいいだろ?」

「怒るわよ! 痛いから離して!」


 無神経なシンジの顔を見たら、一層胸がムカムカしてくる。

 仮にも初めての相手とキスをするには場所やタイミングが全然ロマンティックじゃないし、シンジの唇はやけにぽっちゃりしていて何だか気持ち悪かった。

 それに大事にしていた最後のキスの記憶が、こんなふうに突然上書きされたのがとにかく許せない。

 シンジが腕を離してくれないので思い切り上下左右に振り回すが、それでも離れない。

 気合を入れて「えいっ!」とありったけの力で身体ごと回転し、ようやくシンジを引き剥がすことに成功した。

 すぐさま、くるりと背を向けて走り出そうとした私に、周囲を確認する余裕などあるわけがない。

 駆け出そうとして前のめりになった途端、何かに勢いよく激突した。

 柱のような固いものではなく、程よく柔らかさがあり、咄嗟に受け止められたので相手はおそらく人体だ。

 ぶつかった鼻がツーンとして涙が出る。鼻を押さえながら顔を上げると、目の前にグレーグラデーションのサングラスをかけた長身の男性が突っ立っていた。
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