飼い犬に手を噛まれまして

西側一番端の部屋


─────郡司先輩と一緒に出勤したって、誰も私たちが付き合っているなんて結論に達しないと気がついたのは更衣室にたどり着いた時だ。


 萌子先輩に「おはよ、あんたさ、また郡司くんと話してたでしょ。最近、ツイてるんじゃない?」と言われて「はい、そうみたいです」と答えただけ。


 濱中さんも「いいなー」と挨拶かわりのため息をついただけで、それだけだった。

 緊張して、引きつってた自分残念でしょう。

 私と郡司先輩が歩いていても、ただ偶然会えて隣を歩けたラッキーな女っていうポジションで、郡司先輩の腕枕で目覚めて先輩の部屋から出勤したポジションにいるなんて誰も想像できないみたいだ。


「はあ……」

「はあ……」

 ため息を吐き出すと、萌子先輩のため息とタイミングが重なる。


「やだ! どうしたんですか? 二人して、ため息吐き出しちゃって!」

 濱中さんは冷やかすように声をあげた。

「ふふっ、ちょっとねー。マリッジブルーてやつかな? 幸せすぎてため息でちゃう。茅野は?」


 萌子先輩の答えに濱中さんは黄色い悲鳴。


「わ……私は特に意味ないです」



 違うのは自分自身の心うちだけで、周りはいつも通り。これでいいんだと、頬を叩いて現実世界に戻っていく。

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