飼い犬に手を噛まれまして


 企画デザイン課に何度か出入りしたけど、郡司先輩はいつも通り忙しそうだ。特に私たちが一緒にいたことを気にとめる人もいない。一瞬目があったのが嬉しくて、会釈をしてから部屋を出た。自分だけの秘密のスリリングを楽しんでみても庶務課に帰れば、また萌子先輩といつも通り。


「姫、仕事してた?」

「あ、はい! 和香、会社にきてました。よかったですよ」

「いいわけないじゃないの! そのうち罰が当たるわ。これだから若い子ってだめなのよ」


 和香はいつも通り格好よく仕事をしていたので、ちょっと安堵した。

 私が挨拶しても返事すらしてくれなくなったけど、この前のことをしっかり挽回して欲しい。




 今日も庶務課は定時あがり。先輩から『お疲れさん』という短いメールをもらって顔の筋肉が緩む。

『お先に失礼します。先輩、頑張ってください』と返事して、携帯を握り締めてため息。

 平日は、きっと時間が合わずに会える時間は少ないなぁ……でも幸せ!

 萌子先輩情報だと、制作部には国内最大手航空会社からの広告企画の大型タイアップ依頼がきているって聞いた。

 その依頼を中心になって請け負うのが、先日の出張でますます飛躍中の郡司先輩だ。ライバル社のイーストエージェンシーが違う航空会社と契約し大成功したことがあって、今回の取引は我が社SKMコーポレーションのプライドをかけた契約らしい。


 昨日も「明日から、忙しい」と言っていたし、私はできるだけサポートしてあげたい。でも、庶務課の私に仕事で手伝えることって特になしだ。
 

 せめて、先輩の足を引っ張らないように、わがまま言わずに家に帰るくらい。




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