飼い犬に手を噛まれまして


「でも、それはワンコが学生だからでしょ? 卒業すれば、ワンコも社会人になって家賃払えるよ!」


「……と、思って深陽の会社の面接受けたんすけど落ちました」


 あちゃー、不甲斐ない。なんて残念なんだろう、うちのワンコ。

 世間は就職氷河期だもん。仕方ないよね。

 でも、実家はお金持ちなんだよね? 親に頼らないんだね……そこがすごく偉いと思うよ。



「でもさ……」


「紅巴さん」



 いつの間にか、茅野さんから紅巴さんに呼び方がかわっている。

 最初は、自分のこと僕って言ってたくせに、俺になっていた。勝手に部屋に住みはじめて、たった一週間で私を必死にさせるワンコ。



「俺、深陽があの部屋に来たら絶対別れ話されるって覚悟してたんです。

 あの男にプロポーズされたのも知ってたし、愛想つかされてるのも気づいてた。

 でも、悔しくて諦められないで……紅巴さんに迷惑かけて、本当最低ですよね」


「そんことないよ!」


 ワンコはゆっくりと顔を上げ、痛々しいくらい自傷気味に笑った。頬に流れた涙を手のひらで乱暴に拭った。


「もう行かないと、うちのオーナー時間に厳しい人なんです」


「そっか……そうだよね……」


 ワンコが私から離れると、何故か無性に淋しい。


「あ、紅巴さん。メシ食いました? 夜は居酒屋メニューしかないんですけど、よかったら奢ります」


「あはは、気使わないでいいよ。でも、ご飯は食べてく。ビール飲んじゃおうかなー」





 
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