飼い犬に手を噛まれまして

 先輩は、私の心うちなんて全く知らずに話を進める。


「俺は、生まれも育ちも日本だよ。日本語に訛りがないだろ?」

「はい……」

 
 だけど、その端正な顔立ちは日本人離れしている。



「親父はさぁ……映画を撮ってたんだ。で、母親は女優だったらしい」


「えーっ? 先輩のお父様、映画監督でお母様は女優さん?」



 ますます先輩が遠い存在に感じる。


「でも、全然有名じゃないよ。レイトショーで三日間放映されたのが一番マシな作品だったな。

 親父は、映画撮るために借金まみれで母親はスナックとかでバイトまでして俺を育てた。

 だけど、ある日学校から帰ると母親はフランスに……」


 先輩は、その先を言葉にしなかった。


「それで、親父は映画と俺を捨ててアルルへ行った。今は日本語ガイドしてるんだよ。

 最低な親だろ?」


「そんな……」なんて言えばいいんだろう。先輩に変な話させちゃったよ。

 声の調子を明るくさせて「先輩がBNJフェスの映像部門で受賞したら、お父様きっと大喜びしますね! あのコンテスト海外メディアも注目してますから!」と肩を叩く。


 そうやって明るく言ってあげることしかできないんだもん。





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