飼い犬に手を噛まれまして

 突然副社長秘書に任命された時みたいに胸がばくばくする。


 もしかすると、みはるさんもワンコのことを探しているのかもしれない。二人が引き裂かれようとしている時は、いつも私が巻き込まれるんだ。



『今から、指定する場所に一時間以内にこい。さもないと、ワンコは調教してあたしのものにする』


「えっ? ちょ、調教?」


 それはダメだ。ワンコは、みはるさんに返してあげないと……あの二人は絶対に別れちゃいけないんだ。


 震える手で、指定された場所をメモ帳に書く。まるで暗号を言われているみたい。メモしていたけど、心配ばかりが増幅して頭に何も入ってこない。


『えすえむくらぶマーベラスだ。いいか? 絶対に他の奴にもらすんじゃないぞ? もし、他人にバラしたり、他の奴を連れて来た場合も、ワンコはあたしのものになる』


「はい。わかりました。絶対に私一人で行きます」


『よし、わかった。慌てて家を飛び出して、転んだり、車にひかれたりするなよな?』


「はい……気をつけます」


 凄みがあるのに、私の心配している女の人の声に脅えながら通話を終えてメモを破って握りしめた。


 はやく行かないと、ワンコの命がない。


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