女神は不機嫌に笑う~小川まり奮闘記①~


 シャワーは浴びずに静かに身支度を整えて、ベッドサイドテーブルのメモ帳を引き寄せた。

 少しだけ考えて、シンプルに『ありがとう』とだけ書き、ちぎって見えやすい場所に置く。

 ホテルを出て早朝の街を駅前に向かって歩き出す。さっき調べたら、あと10分で始発が動くはずだった。昨夜とろけてもう使い物にならないかと思った両足は、何とか力を取り戻しつつある。

 今日は遅番で勤務がある。

 自分の部屋に帰って出勤の準備をしなくちゃならない。

 お泊りなんてする予定は勿論なかったから、着替えも化粧品も持ってなかった。

 ガラガラの電車に乗り込んで、ため息をついて椅子にもたれかかった。

 色々あり過ぎでしょ、昨日一日で・・・。

 でも。
 

 瞼の奥に浮かぶのは、さっきホテルの部屋で寝ていた男。

 私に、まだ愛される資格があるのだと思わせてくれた男。

 無骨な顔で、子供みたいに笑う大人の男の人。


 体は重たくて疲れていたけど、重い気分ではなかった。久しぶりの快感がストレスを全部吹き飛ばしてくれたようだった。

 一人しか居ない車両で、私は黙って微笑む。


・・・・そういえば、桑谷さんて・・・下の名前、何ていうんだろう・・・。


 輝きだした朝日の中、最寄駅に電車が滑り込んだ。


 その光景に感動した。

 

 ゆっくりと、自分の部屋へ向かって歩き出した。




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