真実の永眠
12話 期待
 アルバイトを始めてから、毎日がとても忙しくなった。
 朝から夕方までは学校へ行き、夕方以降はバイトへ行って。
 休校日だと、睡眠時間を除いて一日の殆どが仕事の時間になっている。休みは週に一回だ。
 当たり前、と言えば当たり前なのだが、まだ十七歳だし、“アルバイト”なのだから、もう少し自分の時間が欲しいと言うのも、正直な気持ちだった。
 だからだろうか、正直仕事に対しての不満もあったし、面接の時に聞かされた内容と違う事ばかりなので、苛立つ事もあった。
 若さ故、なのだろうか。
 それでも頑張りたくて、多少……否、かなり文句を言いながらも、仕事はきちんと続けていた。









<てか明日、T校、学祭なんだ>
 今日も優人とメールをしていた。
 勿論最初に出したのは私。始めは何気無い会話を繰り返していたのだが、ふと話題を変えるように、優人がそう言って来た。
 優人が話題を出して来るなんて珍しいな……とは思ったものの、特に気にする事も無く、そのメールに返事をした。
<そうなんだ。何するの?>
<模擬店とかもあるし、明日俺のクラスは、セーラー服着て踊るんだ>
 そのメールを読んだ瞬間、思わずふふっと笑ってしまった。
 各クラスで何か出し物でもやるのだろうが、優人のクラスはメールの通り、踊るらしい。セーラー服着て、とか……優人可愛いんだろうな。綺麗な顔立ちをしている優人の事だ、きっと可愛くて綺麗なんだろう。
 私はまた次のメールを送信した。
<そうなんだ。セーラー服着てる姿、ちょっと見てみたい気もする>
 好奇心と、……ほんの少しだけ、誘って欲しい気持ちを抱えながら、そう返信した。
<来てみる? あ、でも一般公開は明後日だから、明日は見れないや。残念>
 残念……? それはいい意味に受け取ってもいいのかな……?
 優人の言葉にほんの少し動揺したけれど、期待して落胆が大きくなるのも嫌なので、その言葉をあまり気にしないようにした。
 語尾に付いている絵文字がまた何とも言えない感じだったので。
<そっかぁ。明後日なら誰でも行けるの?>
<誰でも来ていいよ。ただ、一般の人が入れるかは分からない。他校生なら学生証見せれば大丈夫だよ>
 こう書かれた優人のメールを見て、物凄く学園祭に行きたくなった。何だか誘って貰えている、そんな気がして。
 だけどこれは学園祭があるというただの報告。
 ただ、明日から学園祭だから、いい話題になるからそう言って来ただけで――決して私を誘っている訳ではない。
 だからここで優人の言葉に舞い上がってちゃいけない。
 違う、違う――。
<そうなんだ。行けたら行ってみようかな>
 少しだけ、ドキドキして。そう言っておいた。もしも行くなら、それを予め知っておいて貰いたい。もしも相手が自分をあまり好いていなければ、あまり会いたくはないだろうから。行かないと言っていたのに来ていて、「げ。あいつ来てたんだ」と思われたら悲しい。先に行くと宣言しておけば、嫌がられた時に受けるダメージは少なくて済む。
<うん、来てみなよ>
 嬉しかった。
 行ってもいいんだ、優人は私が来ても迷惑じゃないんだ。
 そう思えたから、優人に好きだとか思われていなくても、そんな風に思って貰えるだけで、とても幸せに思えた。



 その後何通かやり取りをしたが、<明日早いからもう寝るね>そんな優人のメールを最後に、私達はメールを終えた。
 私もそろそろ寝ようと、消灯し、ベッドに仰向けに寝転んだ。
 暗闇に目が慣れない。
 真っ黒な天井を見つめながら、優人とのメールを思い返していた。
 変に期待をしてしまったら、それが間違っていた時の落胆が大きくなるから、あまり考えないようにしているけれども、やっぱり――。
 婉曲な発言で、優人なりに誘ってくれていたようにも感じてしまう。そう思うと、どうしよう、嬉しくて。
 考えれば考える程に、好きの気持ちが溢れる。
 深く溜息を吐き、身体を横向きにして、毛布に包まった。
 もうすぐ十一月になるこんな季節は、気温も下がり日中も肌寒い。夜になると冷えるから、こうして毛布に包まらないと寒がりの私は耐えられない。
 この季節、この空気は、何だか物悲しく感じる。
 枕の傍に置いていた携帯電話を開いて、時間を確認する。現在二十二時五十分。明日も早くからバイトが入っているから、今日はもう寝なければ。
 そう思い、募る想いと今日の嬉しさと、自分の身体を毛布に隠して、目を閉じた。
 ――来てみなよ
 目を閉じると、浮かんでくる優人の言葉。優人の言葉が、嬉しくて幸せで。
 彼にどんな意図がありその言葉を紡いだのかは、やはり分からないけれども、少なくとも嫌われてはいない、邪険に扱われていない事だけは理解出来て、それがとても嬉しかった。
 優人、ありがとう。
 そう心の中で呟いて、そのまま眠りについた。











 ――翌日。


「お先に失礼します」
 十七時三十分。仕事を終える時間。
 私は笑顔でそう言うと、従業員に背を向け、更衣室へと向かった。お疲れ様でしたーの声に顔だけ振り返り軽くまた一礼して。
 明日は休みが取れて良かった。
 私服に着替えながらそんな事を考えていた。
 実は明日も仕事が入っていたのだが、どうしても学園祭に行きたくて、休みを取らせて貰った。前もって分かっていた用事なら、シフトが出来る前から明日を休みには出来ていたのだが、何せ知ったのは昨日だ。前日に言って休みを取らせて貰えるか際どい所だったが、何とか他の人とシフトを変わる事で、明日は休みにして貰えたのだ。
 着替えを済まし、バッグを肩に掛け、店を出た。
 この時期は、やはり日が沈むのが早く、外に出るともう薄暗くなっていた。風も冷たい。
 けれどこの空気と薄暗さが大好きで、少し微笑みながら帰路につく。
 その微笑みの理由は、明日優人に会えるかも知れないという喜びもあったから。仕事で疲れているのに、何だか今日は酷く気分がいい。
 明日は優人に会えるだろうか。
 会えたらいい。
 メールは何度もしているけれども、優人と顔を合わせた事はまだ一度も無い。試合で一方的にこちらが見ているだけだったから、恐らく優人は私の顔もまだ知らないのではないだろうか。それを少しだけ寂しく感じたけれど、まだあの試合でしか私も彼を見ていないので、当たり前かも知れない。
 でもいつか、自分を知ってくれたらいいな、知りたいと思ってくれたらいいな……そう願った。



 あれこれ考えていると、家まであっという間に着いた。玄関扉に近付くにつれて、夕飯のいい香りがして来る。
「ただいま」
 ドアを開けると、その香りはやはりこの家からだった。靴を脱いで部屋に行く。母のお帰りーと言う声に適当に返事をして。
 バッグを置いて部屋着に着替えて、それから持って帰って来た仕事着をまだ洗っていない洗濯物が入っている籠に放り投げた。
「あ、お母さん。明日休みになったから、お弁当は作らなくてもいいよ」
「あ、そうなの。分かった。でも休みになって良かったねー」
 何か汁物でも作っているのだろうか、母は鍋の中をおたまで軽く掻き混ぜながら、私を振り返りそう言った。
「うん。明日は優人の学校の学祭に行って来るね」
「そう。誰と行くの?」
「理恵ちゃん」
「そう。……理恵ちゃんがどんな子なのか分からないけど」
 母はそう言って、ふふっと笑った。
 そういえば、高校で出来た友達の事はあまり話してなかったな、と頭の隅で考えた。私はそれに笑って返すと、部屋に戻った。
 理恵ちゃんと行ける事になったから良かったのだけれど、学園祭の日程が急に分かったものだから、学園祭一緒に行かないかという私の急な誘いに応じられる友達が、最初はいなくてどうしようかと思った。
 麻衣ちゃんは、彼と別れてしまったから行きにくいという理由で誘いを断ってきた。それから何人かに聞いてみたけれど、明日は日曜だし、みんな予定を入れてしまっていたのだろう、断られてしまった。
 でも、理恵ちゃんは行けるのだという。ただ、午前中に予定が入っていて、昼からなら大丈夫との事だ。
 それからでは学園祭が終わってしまうかも知れないから不安だったのだが、「行かずに後悔するより、行って後悔した方がいい」と理恵ちゃんに言われたので、昼からでも行ってみようと思った。
 T校に行くには、まず、T駅に行かなければならない。そこまでが一時間。そしてT駅から乗り換え、T校の最寄の駅まで行く。そこまでは十分程度で着くのだと、以前優人は言っていた。
 それからT校までは徒歩で行かなければならないらしく、それがどのくらいの距離なのかが分からない。
 考えても分からないし、そんな細かい地図などもない。だから、実際にT校に通う優人に、聞いてみる事にした。
 優人から、すぐに返事が来た。
 最寄の駅からT校までは、歩いて十五分程で着くのだそうだ。けれど、昼から来るとなると、微妙らしい。間に合わなくもないけれど、もしかしたら片付けに入る時間になるかも知れないとの事だ。
 それを理恵ちゃんに伝えると、なら用事を早く済ますようにする! と言ってくれた。早くしてほしくて言った訳ではなかったのだけれど、私も特に何も言わなかった。



 明日に備えて今日は早く寝よう。
 明日の学園祭に行けるのだと思うと、少々気持ちが昂ぶり、すぐには寝付けなかったが、やがてスヤスヤと寝息を立てて夢の世界へと堕ちて行った。
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