真実の永眠
 ガタンゴトン――汽車に揺られて。
 今日は色んな事があり、酷く疲れた。実際は何もなく、ただT校まで来ただけなんだけれども。
 感情の問題だろうか。
 私は、ポケットに入れた携帯電話を取り出して、時間の確認やらメールの確認やらを何度かしていた。その目的の半分以上は後者なのだが。
 ――本当にいいの?
 あれから暫く優人からの返事を待っていたけど、やはり来なかったので、私達はT校に背を向けて、帰る事にした。
 帰る為に踵を返し歩き出そうとする時にも、汽車の発車時刻を待っている間にも、何度も理恵ちゃんにそう問われた。
 うん、と笑顔で返したものの、やはりこんな結末嬉しい訳がない。
 寂しかった。
 そう言うと何だか優人の彼女みたいな言い方になってしまうけれど、やはり会えるかも知れないのに会えなかった事は、物凄く寂しかった。
「さっき和也にメールして聞いたんだけど、」
 不意に理恵ちゃんが声を掛けて来た。
 和也? あ、優人と同じバレー部員、畑村和也さん、だったっけ。
 理恵ちゃんの片想いの相手、“だった”。何故過去形になっているのかと言うと、それは、理恵ちゃんに彼氏が出来たからだ。畑村さんではない、別の男の子。
 尤も、それを彼女の口から聞かされた訳ではなかった。
 麻衣ちゃんや別の友人から聞いていたので知ってはいたが、彼女の口から聞かされるまで、自分は何も知らない振りをしておこうと決めていた。
 ……多分、何度も畑村さんの事を相談していた分、言い辛かったのだろう。あんなに好きだって言ってたのに、あんなに片想いで悩んでたのに、そう思われてしまうんじゃないかと、彼女も不安だったのだろう。
 その気持ちは分かるから、敢えて知らない振りをする。
 いつかきっと話してくれるだろう。こいつには言いたくないなんてそんな嫌な性格を彼女はしていないから。私だってそれを責めるような性格はしていない。だから、待とうと思う。
「バレー部だけ今日も部活あるんだって、試合が近いから。一時間程らしいけど」
 携帯電話の画面を見ながら理恵ちゃんは教えてくれた。
「今日学祭だったのにその後も部活やるんだ……」
 だから返事がまだ来ないのか……その事実を知り、何だか心が安堵感で満たされた。
 優人は必ず返事をくれると分かっていても、やはりこう返事が遅いと流石に不安になっていたのだ。
 それは恐らく自分でも無意識の不安だったのだろうが、その事実を聞き、安堵感を覚えたのが証拠だろう。
「大変だよねー。十七時から十八時までだって。試合が近いからって言っても、今日くらい休みにしてもいいのにね。昨日も部活あったみたいだし」
「そうなんだ。試合っていつ?」
「いつだろ? それも聞いてみるね」
「うん」
 短く返事をし、外の景色を眺めながらふと思った。
 メールをしているって事は、畑村さんのクラスはもう片付けが終わったのだろうか。同じバレー部でも、畑村さんと優人はクラスが違うから、出し物も違っていただろう。だからだろうか? 優人のクラスはまだ片付けが終わってないのかも知れない。
 その後部活に行って、それが終わったら返事をくれるかも知れない。それに片付けが終わってなくても、畑村さんならサボってメールをしそうだ。
 ……そう思わないと、返事が来ない事にまた少し落ち込んでしまいそうだったので。



 市内の駅・T駅に到着した頃には、もう十六時になってしまっていた。
 待ち時間は少しで済んだが、これからまた一時間掛けてK駅に帰らなければならない。
 汽車に乗り込み、空いている席を見付けて、私達はそこに座った。
 ここは田舎だから、満員電車なんてものは滅多にない。座れない時の方が珍しいくらいにいつも席が空いているので、こうして疲れている時には本当にありがたい。
「試合、今週の土曜だって」
 走り出した汽車の中。景色を眺めながらうとうとしかけていた所に、理恵ちゃんの声がした。
「今週……なら練習しなきゃだね。理恵ちゃんは試合観に行く?」
「あたしは……多分、行かないかな……」
 少々、困惑気味の表情。
 予想通りの返答だった。
 彼氏がいる事を、私は知らないのだと彼女は思い込んでいるけれど、実は知っている。それなのに問うのは意地が悪いかなと思ったのだけれど、知らない振りを通すならこれくらいの方がいい。
「雪ちゃんは行く?」
「……私も、行かないかも。麻衣ちゃんも多分行かないだろうし」
 やや間があってから、そう返答した。
「そっかぁ。麻衣ちゃん達別れちゃってるもんね……」
「うん……戻ってくれたら嬉しいんだけど……」
「そだね……」
 本当に、戻ってくれたらいいと願っていた。落ち込んでいる姿を見るよりは、嬉しそうに笑っている姿の方がいいから。



 窓の外を見ると、薄暗くなった景色が、目的の駅はもうすぐそこなのだと告げていた。
 時間を確認すると、十七時半前だった。
 もう本格的に外は暗くなる。建物や車のライトが溢れていて、こんな田舎でもその景色は綺麗だと思った。
 目的の駅・K駅で汽車が停車すると、私達は立ち上がった。この駅は利用客が多く、下車する人も乗車する人も結構いる。その中に若干埋もれながら、駅の外まで歩いて行った。
「殆ど乗ってるだけだったのに、疲れたねー」
「そうだね」
 二人でそんな事を言いながら、駅の近くにあるコンビニに歩いて行った。
 雑誌を見ながら二人で話していたその時。
 ~♪
 優人からの、――メール。
 それを知らせる着信音が、響いた。
 汽車を降りてすぐにマナーモードを解除していたから、音が鳴ってすぐに分かった。すぐにポケットから携帯電話を取り出し、手にしてからは、音が止むまでディスプレイの“優人”の文字を見つめていた。
「メール、桜井さんから?」
 音が理恵ちゃんにも聞こえたのだろう。隣から身を乗り出し画面を覗き込むようにして尋ねて来た。
「……うん」
「何て!?」
「まだ見てない……今見る」


<返事遅くなってごめんね。てか雪音メール遅いって>


「……」
「……」
 数秒の沈黙。先に口を開いたのは、理恵ちゃんだった。
「……え、どういう事? 雪ちゃんは何て送ったの?」
 隣で一緒にしっかりとメールを見ていたようだ。
「普通に『着いたよ』って。多分私達が着くの遅くて、メール送ったのも遅かったから、こう言ってるんじゃないかな」
 言いながら開いたままだった優人からのメールを、理恵ちゃんにもう一度見せた。彼女はそれをまじまじと見つめた後、興奮しながら言って来た。
「それって雪ちゃんが来るのめちゃくちゃ待ってたって事じゃない?! 語尾の絵文字もしょんぼりしてるじゃん!」
「う、うん……」
 それは……見れば分かる。けれど、このメール一通でそう判断するのは早計過ぎやしないか。
「……ねぇ、」
 先程の興奮した声とは打って変わり、今度は落ち着いた声色で理恵ちゃんが言う。私は画面から目を離し、静かにその顔を彼女に向けて、次の言葉を待った。
「……桜井さん、雪ちゃんに気があるんじゃないの?」
 続いて紡ぎ出されたその言葉に、一瞬言葉を失った。じっと彼女を見つめていた目を、次には地面に向けて、そのまま黙って俯いた。
 気が、ある――?
 予想だにしない衝撃的だったその言葉が、ショックな訳ではない。寧ろ嬉しかった。そんな風に周りには見えるのかと思うと。だって、あんなに遠い存在だと思っていた優人が……。嬉しくて涙が出そうだった。
「桜井さんってまだ彼女と付き合ってるの?」
 私が黙り込んだ事を気にする様子もなく、そういえば、と言った感じでいきなり話を振って来た。
「……誰にも何も聞いてないから、多分別れてはないと思う」
「早く別れちゃえばいいのに、あんな彼女」
「……」
 ……彼女。
 そう――優人には未だに彼女がいる。だから自分の事を好いてくれているなんて有り得ないのだ。
「……多分優人はまだ好きなんじゃないかな。だから別れてないんだと思う」
 それを聞いた理恵ちゃんは、解せない、というような表情をした。案の定、
「桜井さんって分かんない……」
 刺々しい口調でそう言った。



 外を見るともうすっかり暗くなっていたので、私達は話の途中だったが、この辺で、と切り上げた。
「何かあったらまた教えてね」
 理恵ちゃんはそう言いながら、私とは反対方向に進みながら手を振って帰って行った。
 それからも優人とのメールのやり取りは続いていたけれど、今日の優人は何故か元気がない。いつもと変わらない話し方なんだけれども、違和感みたいなもの感じた。
 ――メール遅いって
 ――気があるんじゃないの?
 反芻する二人の言葉に動揺すると同時に、してはいけない期待も少しばかり感じてしまう。そして今日は元気がないと来た。
 優人は私の事、どう想っているのだろう……?
 今日は色んな事があり過ぎて、一日が長く感じた。学園祭、純粋に行きたいと思ったし楽しみたかった。優人にも、会えるものなら会いたかった。結局無駄足だった、と言えば聞こえは悪いが、実際は紛れもなくそれだ。けれど、さっきの優人のメールが嬉しかったから、今日T校まで行った事は無駄じゃなかったかも知れない。
 沈んだ心を救ってくれたのは、先程の二人の言葉だった。
 そして優人のたった一言が、酷く疲れた今日を、素敵なものにしてくれた。
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