真実の永眠
13話 努力
 十一月。秋も深まり、寒い日が続く。
 住んでいる街は、都会とは異なり高層ビルが立ち並んでいる訳ではない。緑が多く、海も近い。だからだろうか。少しでも風が強い日は、それが自由に吹き抜けられるから、かなり寒くなる。
 バイトを終え、ピンク色のコートを羽織り、バッグを肩に掛けながら、外へと続く眼前のドアを右手で開けた。
 外に出ると冷たい風が全身を包んだ。その寒さに一瞬慄く。
 私は首を竦め、家路を辿った。
 道中、携帯電話が鳴ったのでディスプレイを確認すると、麻衣ちゃんからの着信をそれは伝えていた。
「――もしもし」
 歩を進めたまま、電話に出る。
 麻衣ちゃんからの連絡は何日振りだろう。とても久しい(クラスが違うから、校内ではあまり話さない)。
 たった数日でそう思うのも可笑しな話だが、麻衣ちゃんが彼と別れる以前は毎日のように連絡を取っていたので、たった数日連絡を取り合わなかっただけでも、久しい感じがしたのだ。
『あ――雪音ちゃん?』
「うん。久し振りだね」
 電話の向こうから聞こえて来る声は、思っていたより元気そうだったので安心した。
「どうしたの?」
『今週の土日、試合あるの知ってる?』
「T校の? うん、知ってるよ」
『その試合、一緒に行かない?』
 彼女から告げられたその言葉に、少しばかり驚いた。麻衣ちゃんは絶対に行かないだろうと思っていたから。それに、本当は自分も行きたいと思っていたのだけれど、誰も行かないんじゃ諦めるしかないと思っていたので。
 だけどもしも行ける事になった時の為に、バイトは予め休みを取っておいたから、余計に驚いたし行けるのだと思うと嬉しかった。
「うん、行く! 麻衣ちゃん、彼と……戻ったの?」
 行かないかと誘って来た時点ですぐさま浮かんだ疑問を口にした。
『戻ってはないんだけど……一応前みたいに連絡は取れるようになったんだ。まぁ……試合に行っても話したりは出来ないんだけどね。でも、試合観るのも普通に好きだし』
「そっか……でも、良かったね」
 二人が以前のように連絡を取り合えることになったのは純粋に嬉しく思う。
 けれど、もう少し素直になってもいいんじゃないかなーと思い、少しだけ苦笑しかけた。恐らく彼女は、好きだからやはり会いたいのだろう。けれど、何だか最後の言葉は少々言い訳めいていて、でもそれが彼女らしく感じて苦笑しかけたのだ。
『うん。桜井さんとは上手く行ってる?』
 あれは……、上手く行ってるって、言ってもいいのだろうか……?
 言えるの、だろうか?
 頭の中に、先日の理恵ちゃんと優人の言葉が、またも反芻していた。
「うーん、メールはよくするんだけど……その域から出ない感じ、かな」
 上手く行ってるのかな……。今の二人の状況や関係がそれと言えるのか分からなくて、曖昧に答えた。思い返せば、いつもこうやって曖昧にしか答えられないくらいに、自分達の関係は曖昧なままだ。そしてそれ故に、いつも自信が持てずにいた。
 麻衣ちゃんには聞こえないように溜息をついて、頭上の空を仰いだ。
『そっかぁ。でも次の試合で話せたらいいね』
「……うん。話せたら、いいな」
 空を仰いだままに、そう答えた。



 その後も暫くは電話を切らずに話をしていた。
 そうしている内に家に到着していて、今は自室のベッドに凭れ掛かっている。
 一通り話が終わり、電話を切った。
 それから溜息をつき、今週行われる試合の事を考えた。
 そういえば、優人は試合に出るのだろうか? 今はもう、三年生は引退している筈だ。だとしたらレギュラーも新しく決まったのでは? その中に優人はいるんだろうか。
 優人とメールを始める事が出来たあの時の試合では、優人はまだ応援席にいた。ユニフォームすら着ていなかった。今度の試合は出るのだろうか。
 ううん、きっと、出られる……!
 だって優人は、毎日部活を頑張っていた。その頑張りを、私は知ってる。風邪を引いて熱が出ても、早退せずに最後までやり切った事も知っている。
 優人が試合に出られるように、私が祈る。優人なら出られる、絶対に。
 誰かがその努力を見ているから。誰も見ていないなら、私が保証する。優人の頑張りは報われる、無駄にはならない。頑張って、優人。いつもずっと、応援する。
「ただいまー」
 その声に、それまでの思考が中断された。
 母が仕事から帰って来たのだ。
 自室にいたので、それに返事はしなかった。別室にいる夕海と桃花が、代わりにおかえりーと返事をしていた。



 最近はよく優人とメールをしている。今日は今週行われる試合についてを話していた。
 行けたら行くね、そう予め言っておいた。
<来なよ来なよ>
 優人がそう言ってくれたから、凄く嬉しかった。
 試合に出るのか、なんて。そんな事は聞かない。それは聞かなくてもいい事だ。それに、優人は必ず出られるんだって信じているから、それを応援すると決めているから。

<試合、頑張ってね>

 そう書いて絵文字を多用して。少し鬱陶しいかなと思ったけれど、そのまま送信した。
 携帯が、震える。優人からのメールだと知らせるメロディと共に。開いたメールに、思わす優しい笑みが零れた。

<ありがとう、頑張る>

 お返しと言わんばかりの、沢山の絵文字。それが優人のくれたメールには付いていた。
 ……幸せだ……。
 こんな子供みたいなメールのやり取りをするだけで、こんなにも心が温かくなる。こんなにも幸せだと思える。こんなにも大好きで大切だと思える。こんな事で馬鹿みたいだけれど、もう馬鹿でもいいと思えた。優人が、相手なら――。
 お互いに明日も朝早い。もう寝るね、と、今日は私からメールを終えた。どちらからメールを終えても、二人の就寝時間は似たようなものだから、それはどちらでも関係ない気がしたが。
 消灯しベッドに寝転がったが、すぐには寝付けず色々な事を考えていた。
「はー……」
 深い、溜息。幸せ過ぎて。
 優人が、大好きだ。
 双眸を覆うようにして、私は右腕をその顔に乗せた。
 大好き。
 優人しか――要らないくらいに。
 好きな気持ちがどんどん大きくなって、もうこれ以上の“好き”なんてないのではないかと思う程だった。優人の綺麗な心に、私の心まで浄化されて行くようだ。凄く純粋で、童心を失わない優人が、ただ、愛しく感じた。
 優人。試合、きっと出られるよ。メールの文面だけで分かる、あなたの努力は。私が知っているから。
 だから、だから……応援するね。優人が私の応援を必要としていなくても、頑張れって。でも無理はしないでね、怪我とかもしないでね。「頑張って」の後に、「頑張ったね」それも言いたい。
 優人……大好きです。
 考えながら、私は静かに眠りについた。
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