カリソメオトメ
 あたしはまだ彼の背負っているであろう苦しみや悲しみの全てを知らない。もちろん、あたしも全てを彼に話した訳ではないのだからそれは仕方がない。

 ただ、あたしはそれを話すのが怖い。アキラはきっとあたしがウリをしていたことなんて気付いているはずだ。それくらいには鋭いひとだし、何よりあたしは、出逢ったあの日に、あっさりと彼に抱かれたような女なのだから、尻軽だと思われていても仕方がない。

 それでもそれをアキラに話すことは、あたしにとって恐怖であり、ある意味で絶望だった。
 それを伝えることはアキラに対する礼儀だと思う。それでも、それを話したとして、アキラがあたしを見限らないなんて、そんな自信はカケラもない。

 どこまでいっても、例えアキラが気にしていなくても、あたしはまだフェイクで腐れプッシーなんだ。

 そう思うと左手首の傷が疼く。きっとこれは、馬鹿みたいな生き方をしてきた罰なんだろう。でも、それでも、その罪を償う為に用意されている贖罪がアキラにそれを告げることだとしたら、それはあまりにも酷いと思う。

 それを話す時、パパのことを話さない訳にはいかないだろう。あたしが一番消し去りたい記憶。アキラだって男だから、あたしを何度も抱いていて自分よりもあたしの悦ばせ方を知っている男の話なんて聞きたくないだろう。
 それを知ったその時、あたしを見限らないなんてどうして言えるだろう。

 自分の身体が震えているのが分かる。あたしはそれを告げることを、こんなにまで怖れている。今のあたしには、アキラを失うことは全てを失うことと同じ意味だ。
 でも、それでも、あたしはそれをいつか告げなくてはならない。それを隠してアキラの傍にいるのはあまりにも卑怯だ。

「……どうかしたのか、お前」
 苦しい想いに苛まれて、泣き出したくなっていたその時、アキラの声が耳に届く。視線を向けると、アキラが心配そうにあたしを見詰めていた。
「ううん、なんでもない。おはよ、アキラ……」
 心を押し殺して、あたしはアキラに笑顔を向けた。
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