あいなきあした
おかげで俺はいつもどおり茹であげた麺をザブザブと水にさらしてはシメて、それを百食分ほど繰り返して、スープの寸胴は空となり、暖簾を下げて、今日の営業を終えた。
サラリーマン相手の仕事だからと、終電明けを覚悟して、近くに引越しをしてまで構えたが、今のところは客の入りも良く、午後九時頃には閉店出来る調子だ。客のためには、そして儲けのためには仕込みを増やせばいいのだが、仕込を含めると百食売るのが今のところの限界ではなかろうかと、力加減が分かってきたところだ。これ以上やると、定休日の日曜日に俺が寝たきりになる。せめて休日が過ごせるぐらいは俺にもあってもいい自由だ。
皿を片付けてモップがけを終えると、鳴りもしない携帯電話がメールの着信を告げる。アキラからのメールだろう。なにより初期設定のランダムで吐き出されたメールアドレスにメールをしてくる相手などいないのだ。

(うちにいる女が勘ぐって厳しいんで、うちはダメみたいっす。オレの当てもとんでもない奴らばっかりなんで、なんなら店で一晩寝かしてやって下さい。スンマセン。)

確かに二階には倉庫がわりに部屋はあるのだが、冗談じゃない!俺の店にこんな香水くさい女を寝かしてたまるものか。今日だって例外中の例外だ。例外に2度目はない。
歩いて十分もかからないのに女をかついでタクシーに乗せる。
華奢で軽すぎる身体も、脱力しきって倒れ掛かられたら存外に重い。

小麦粉を入れた袋より重たいものを持ったのは久しぶりで、なまった身体が悲鳴をあげる。なんで俺がこんなとばっちりを…と思いながらも、ひさかたぶりに嗅ぐ女のニオイは、決して悪いものでは無かった。一組しかない布団に女を寝かせ、俺は毛布をかけ、座布団を枕にして横になった。浴室からポリバケツを運んで枕元に。じっと寝ずの番をしていると、やはり小刻みに痙攣する姿が見えたので、すかさず起こして頭部をバケツにあてがう。背中をゆっくりとさすってやると、
「オェェェェェェェッ!」
身体のキャパシティを超えて飲む輩は必ず拒否反応を起こして吐く。サラリーマン時代に身体を張って知った知恵がこんなところで役に立つとは…。数回に分けて吐しゃ物を吐き終えた女は、蛇のような眼で辺りを見回し、値踏みをしたような表情で、
「アンタ、いい歳して独り身なんだ?アッハッハ!みっともないねぇ。…相手でもしてやろうか?」
女は吐しゃ物交じりの口腔で俺と口付けを交わして、また意識を失うように眠りに落ちた。
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