あいなきあした
分かりきったことではあったが、押し切られる形で店を一日貸すことにはなったが、俺は見て見ぬふりをしたいのか、連勤明けの、火曜日をヒロミに提供する事にした。研究に費やす月曜日はことのほか気疲れし、火曜日は立ち上がる余裕さえない。素人が本物を作ろうというのだから、神経が目に見えてすり減っていくのが分かる。
気力が少しでも残っていようものなら、保護者よろしく、干渉していくのは間違いないのだ。少なくとも、ヒロミに対しては「大人のふりを」俺はしていたかった。


「まずいな。」
何度も繰り返されるじいさんの一言が、悪夢となってのしかかってくる。
どだい勝ち得ぬ勝負であっても、俺の道にはもう退路はない。まだ道のない若人とは違うのだ。

つまるところ、俺は、俺であり、独りなのだ。

営業と修行を並行させるのは至難の業で、正直ネットの口コミでは味が落ちたとの評判さえ立った。しかし、実際の所俺はマニュアルで作っているので、実際のところ味に影響を与えていたのはアキラであった。
ヒロミの店は評判こそ良かったが、酒を出しているだけあって、売上げも大きく、ヒロミはアキラ達にホストまがいの事をさせては、かなりキックバックしているようであった。身なりこそなんとか崩さずにいたが、ギターや衣装が明らかに高価なものに変わり、たまに酒臭い息で店に顔を出すようになり、スープの温度管理が出来なくなっていた。麺もこいつに任せたいと思っていた矢先の出来事だったので、俺は正直このプランに失望し、負担もキツくなっていった。
それもたかだかはじめて1ヶ月くらいの事で、その成り行きには正直面食らっていた。
小麦粉と食材を整然と置いていた2階の倉庫には、この店に似つかわない高級な酒が雑然と積まれるようになっていた。
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