彼と私の饗宴
立ち去った一ノ瀬くんが消えたドアのほうを、私はしばらく見つめていた。

私は察してしまった。
一ノ瀬くんが何に執着して、何を見ながら生きているのか。

「なんで」

でも理由はわからなかった。
なぜ一ノ瀬くんはあんな無益なことをしたのだろう。なぜ一ノ瀬くんは、佐倉さんをあんなに冷たい目で見るのだろう。
佐倉さんの作ったものを食べながら、あんなに恍惚とした表情をするのに。

私は一ノ瀬くんのことを怖いと思った。私は一ノ瀬くんのことを何も知らないけど、とてもとても好きだった。毎日見つめて、下校時刻を合わせて、家まで着いていったこともあるし、手紙を書いて投函したこともある。もしメールアドレスをしっていたら、送るはずだった何百通ものメールが、携帯電話の中に保存されている。

私は自分のこの狂気に満ちた行動が、なぜ一ノ瀬くんに向いていたのかわかった。一ノ瀬くんもまた、どこかおかしかったからだ。私は一ノ瀬くんのそういう、少し壊れたところに吸い寄せられていたんだ。


私はその日から、一ノ瀬くんに対するストーキングをやめた。私は一ノ瀬くんのことを好きだったわけではなくて、同じ臭いに惹かれていたのだと気づいたからだった。

だって私は怖かったのだ。

佐倉さんに対してあんなに執着して、愛おしそうに笑う一ノ瀬くんと同じ表情を、自分もしていると思うと。

たまらなく怖かったのだ。
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