彼と私の饗宴
いつの間にか作品を作ることに没頭していた私は、一ノ瀬くんがドアを開けて被服室に入ってきたことに気づかなかった。

一ノ瀬くんはどうやらしばらく作業を続ける私を眺めていたらしい。上手いもんだなあ。そんな呟きに、私は現実にひき戻された。

「俺にもできるかな」
「わ、…一ノ瀬くん」

一ノ瀬くんはとても綺麗な顔をしている。私は、私の手元を覗き込む一ノ瀬くんの横顔に、しばらくの間見とれていた。

「一ノ瀬くん、部活は?」
「ああ、今日は休んだよ。用事があっまからね」

一ノ瀬くんの目的がわからなかった。私に会いに来てくれたのだろうか。一瞬だけそんなことも考えたけれと、それはなんだかとても的外れのように感じた。

一ノ瀬くんは眉を寄せる私に少し微笑むと、私の足元に身を屈めた。
そして。

「ちょ……何してるの……!」

私の足元には、裁断した布を放り込むためにゴミ箱が置かれている。当然綺麗なものではない。一ノ瀬くんはそのゴミ箱の中に片手を突き入れて、がさがさと中を探った。
お目当てのものを見つけたのだろうか、一ノ瀬くんは一瞬動きを止めると、何かを拾い上げる。

「一ノ瀬、くん?」

それは、つい先に佐倉さんが自分の手でゴミ箱に放り込んだ、チョコレートマフィンだった。
包装されているとはいえ、踏み潰されてひしゃげたそれを、一ノ瀬くんが開こうとしている。

やめなよ。そう言いかけて、やめた。一ノ瀬くんの表情が読めなかった。だから、彼がそれをする理由もわからなかった。正体のわからないものは恐ろしいのだ。私は一ノ瀬くんを凝視した。

「君島はさ、」

それは私の名前だった。

「君島は、わかるだろ」

つぶれたチョコレートマフィンを千切り、一ノ瀬くんがそれをを口に運ぶ。崩れて指先にこぼれたチョコレートの欠片を舐めながら、一ノ瀬くんが笑った。
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