愛を待つ桜
キスは加速をつけてエスカレートしていく。

聡の舌が入ってくるのを、夏海は必死に押し戻そうとする。ふたつの舌は自然と絡み合い、それは彼女が知った初めてのキスだった。



真面目な堅物、それが聡に対する周囲の評価だ。
散々な結果に終わった20代初めの結婚が、彼から女性を遠ざけてきたのである。

そんな聡にとって、これほどまでに濃厚で官能的なキスは初めてのこと。
35年間に経験したどんな女性とのセックスより扇情的で、これだけで達してしまいそうになる。

ふたりは急速に点火した恋の炎に煽られるように、夢中になって口づけた。



しかし、クローゼットの様相とは逆に、稔と亮子の情事はそう長いものではなかった。
彼らは勢いに任せて激しい律動を重ね、あっという間に燃え尽きる。

それに、亮子は仕事が気になるのだろう、『私、もう行きませんと……』手早く身支度を整え、稔のズボンのベルトをはめ、ネクタイまで締めてやる。
子供を持つ母親のせいか、それとも元来が世話女房タイプなのか。
それすらも心地良さそうに、稔は何もかも亮子に甘えていた。


『今夜連絡する。今度はゆっくり会えるようにするから』

『……はい。でも、無理なさらないでくださいませ』

『判ってるよ。でも、僕には君だけだ。見捨てたりしないでくれ、絶対だ』


再び、艶かしいキスを交わして、稔はようやく亮子から身体を離した。そのままふたりは急いで部屋を後にする。

彼らは不倫の恋に夢中で、クローゼットから零れる小さな息遣いなど気付くこともなかった。




夢中になっているのは、中のふたりも同様だ。
客間が無人になったことにも気付かず、ふたりのキスは続いていた。

いつの間にか夏海のスーツのボタンは外され、ブラウスの裾から聡は手を差し込む。


「……ぁ!」


彼女は声を上げそうになり、聡は慌てて唇で塞いだ。

その押し殺したような小さく可愛い声を聞いた瞬間、聡は自分の下半身に全身の血液が集中するのを感じた。


< 11 / 268 >

この作品をシェア

pagetop