愛を待つ桜
それは如月の車らしく後部座席の中列シートにチャイルドシートが装着してあった。

夏海は、グッスリ眠った悠をそこに乗せる。
母親の温もりから引き離され、悠は身じろぎしたが、睡魔のほうが勝ったようだ。

夏海は、そのまま横に座ると、シートに折りたたんであったブランケットを、悠の上に掛けてやった。

時間が経つごとに車内は重い空気に包まれていく。

すると、突然聡が口を開いた。


「なぜ……結婚しなかったんだ?」

「誰と?」

「子供の父親だ」


本気か冗談か……夏海には区別がつかない。


「して、くれなかったわ。子供ができたと告げた途端、手の平を返したように冷たくなったの。堕ろせって、お金を叩きつけられたわ」

「私に対する嫌味はもういい」


夏海に嫌味のつもりはなかった。


「あなたが聞いたんじゃない」


そんな、小さな反論が聡の耳に届くはずもなく……。

聡は前を見つめたまま、更に訊ねた。


「ひとりで産んだのか? ご両親は?」

「妊娠が判ったら大反対。当然よね、父親の名前を言わなかったから。あのコーポは実家の近くだから、引っ越すのに貯金は使い果たして……臨月まで働いたわ。でも、出産費用が足りなくて、今もローンを返してるの」

「高村さんの事務所は、給料が安すぎたんだ」

「元々、ひとりで細々とされてたの。でも、1歳未満の子供はなかなか預かってもらえなくて。在宅じゃ限界があって、初めは悠を背負って事務所に行ってたのよ。色々融通も利かせてもらって。高村先生には本当に感謝してます」

「あの子は、周りから苛められてないのか? その、父親がいないことで……」

「まだあの歳だから。保育園は母子家庭も少なくないし。でも、大きくなったら色々聞かれるのは覚悟してるわ」


聡のバツの悪そうな口ぶりに、やはり罪悪感があるのだろう、と夏海は考え……すぐに、思い違いに気付かされた。


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