絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

既婚者の誘い

 想定することなど不可能であっただろう、宮下の真意を知ってしまってからというもの、明らかに彼への心持ちは変わった。尊敬、信頼、の念は変わらずとも、安心することができなくなった。
 今、自分が問題を、例えば簡単な仕事の質問をしたら、それに応えるのは、自分のことを好いているからではないか、自分のことを一人の社員としてみているのではなく、女としてみているせいではないか……そう思ってしまうのである。
 彼はそれを予測しなかったのだろうか。
 2人の関係は悪化したと言っても過言ではない。
 聞きたくなかった。
 隠しておくべき気持ちだったと、何度も思う。
 だが、その内心に反して、宮下の態度は予言通り、以前と全く変わらなかった。質問には答えるし、同じように仕事に集中している。むやみに誘ったりしない。電話もしない。
 目つき、顔つきが同じ。
 だから、もしかしたらこの先、宮下があの話を蒸し返すことはないのかもしれない。
 そう考えられるようになってからは、全てを忘れようとした。
 今までと同じ上司。
 いづれ彼はまたどこかに職場を移し、また違う人に慕われる。
 ほんの、気の迷い。
「香月さんとは2回目だよね」
「え?」
「会ったの」
 大貫宗二はスタッフルームの隅で一人食事をとっていた香月の隣に、断りもなく腰掛ける。
「え、えーっと」
「知らないかな。前来た時」
 ホームエレクトロニクスでは、二週間に一度何かしらの監査がある。店内監査、社内監査、本社監査、外部監査。その度に監査人という名の偉い人が来るのだが、大貫もその偉い人のうちの一人であった。
「あ、はい、確か、監査で」
「うんそう」
 大貫は会社内外でも有望社員として知られている若手のエリートである。現在は新店進出において期待以上の数字を跳ね上げ、更に外からの引き抜き対策に余念がない、ということは香月レベルの社員でも知っているくらいの、有名な人物であった。
「大変だよねえ、夜10時まで勤務だと」
「あ、はい、11時にお店を出て、朝9時だと……」
「うんそう、女の子は可愛そうだなあ」
 何が嬉しいのか、うっすら笑みを浮かべながら手帳に数字をメモしているその手つきは、やはり仕事人である。
「フリーはどう?」
「入社してからずっとそんな感じなので、逆に位置を決められる方が辛いと思います」
「ああ、最初は月島だったね」
「あ、はい。よくご存知ですね」
「そりゃあもう、有名だからね」
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