絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

尊敬できない上司

 10月1日を過ぎると、店内の雰囲気は一変した。何やらミスを犯して降格になったらしい吉川は宮下に比べると格段に数字に厳しい。他の販売員も知らない人が増えたし、フリーで動いていてもフォローしてくれる人が少ない。
 その上無責任な人が多い。伝票などはそのままに放置されていることなど毎日あるし、フリーに任せようとメモ書きもなく、ボックスやかごに入れっぱなし、もしくは机の上に出しっぱなしだ。
 吉川はそんなこと当然だとでも言うように、反応しない。玉越の後のフリーの若い女の子は、どちらかといえば仕事が分かっていないようで、その処理もこちらに回ってくる。
 早上がりの日でも、11時まで残業がある日が続いた。同じフリーでもこちらの仕事が残っていても、誰も助けようとはしない。
 店長か副店長は自分の仕事をしていて、それどころではない。
 確かに少し忙しいというのはある。皆疲れていて早く帰りたい、という気持ちも分かる。
 それにしてもどうだ……。
 この変わり様。
 吉川がもっとちゃんとしていれば、こんな風にはならないはず。
 数字も確かに責任があって大変だが、それ以外に大切なことってあるだろう!
 今日も一人で伝票を処理しながら密かにいきり立っていると、隣から現れたのは、香西であった。
「最近遅くまで残ってるなあ」
「はい」
 見てくれる人はちゃんと見ていてくれる。それが分かっただけでも、少しほっとする。
「玉越も移動したしな、西野もいないし」
「全然、雰囲気が変わって……」
「そうだなあ。店長が替わるとがらりと変わるのは確かだけどな」
「そうですね……」
「香月さん、まだかかそりそう?」
 近づきながら話しかける吉川に、少し立腹しながらも、
「すみません、もう少し」
「そう。あ、そうそう、明後日なんだけどね、突然で悪いけど、研修行ってくれないかなあ」
「え」
 伝票の手が止まる。
「金曜日、ちょうど他の研修が重なって一人行けなくなったから。3時から8時まで」
「どこでですか?」
「ここここ、向こうの会議室で。ちょっとかじってるでしょ、時計」
「え゛、時計!?」
「うんそう、前は玉越さんだったのかな、けど今いなくなったから。ゆくゆくは誰かに試験受けて欲しいけど」
「え……」
「(笑)、嫌?」
「え、いやぁ……」
「まだ若いんだし大丈夫だよ、覚えられる」
 無責任な横入りの香西の一言にカチンときながらも、
「リサイクルも試験とってるし。時計もとればまた幅が広がるからね」
「……そう……ですね……。薄々気づいてはいましたが……」
「じゃぁこの機会に、いいと思うよ。とりあえず研修の方は名前いれとくから。この分の休日はどこかで消化するからね」
< 108 / 202 >

この作品をシェア

pagetop