絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「あ、はい」
「時計なら俺も持ってるから、分からないことがあったら何でも聞けよ」
「はい……」
 香西はそれだけ言うと、後片付けに戻る。
「僕も持ってるから、聞いてね」
 吉川は、珍しく頼りになるとでも言いたげだ。
「あ、はい……あんまり自信ないけど……」
「そう?」
「玉越さんの見てると難しそうで……」
「まあ、玉越さんはある程度興味があったからか、よく知ってたしね。昔同じ店舗にいたときに、試験とったんだよ」
「あ、そうなんですか」
「まあ、わりと進んでとってたかな」
「はあ……うわー……」
 香月はとりあえず伝票に手を戻す。
「香月さん、ちょっと、聞いたんだけどね」
「え、はい」
「単なる噂だと思うけど」
「はい、どうぞ」
 香月はなんでもこい、と吉川の目を見る。
「宮下店長と付き合ってるって本当?」
 一時停止があだになる。
「江角さんから聞いたんでしょう?」
 言ってしまって、間違っていなかったかフル回転で考えながら次のセリフを考える。
「え、江角……って誰だっけ?」
「え、あぁ……前このお店にいた人で、今は別の方に行ったんですけどね、その人にも同じようなこと、言われましたけど、単なる噂です」
「あ、そうなの?」
「はい、そんな、宮下店長に失礼ですよ」
「そんなことないと思うよ、香月さんは綺麗で素敵な人だと思うし」
「……」 
 まったなんでこの人はこの人気がいないタイミングでそんなこと言うかなあ。
「いやでもそれは、噂です。そんな、2人で食事に行ったことすらないし」
「あ、そうなんだ。そういうことしない人?」
「え、会社の人と2人で食事に行くかどうかってことですか?」
「うん」
「うーん……。そんなことないですよ。他の仲いい人とはありますけど……」
「そうなんだ。じゃあ宮下店長のことは、本当に噂なんだね」
「はいそうです」
 なんでこういう噂が流れるかなあ……。
 香月は再び伝票に目を落とす。
「じゃあ僕が誘ってもいいわけだ」
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