絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「そんな噂が……」
「うーん、皆が言ってるのかどうか知りませんけど、聞かれたのは吉川店長だけです。だから、2人きりで食事に行ったこともないですって言いました」
「だとしたら今日はまずかったかな」
「いえ! だって、そんなの噂だし……それで、まあ、付き合ってないって言ったら、じゃぁ僕が誘っても大丈夫だねって、いつもそんな感じなんです。誰もいなくなるとふらっとそんなこと言ったりする」
「そう言われて、嬉しい?」
「……うーん……」
 嬉しいかどうかなんて考えもしなかったので、しばらく唸る。
「いや、困ります。なんかどういうつもりで言ってるのか分からないし……。だって、本気で言われても困るし、なんかただの会話で言われても困る……面白くない」
「まあ、偉い凄い人にそう言われるとついつい乗ってってしまうんだろうな女の人って。で、うまく丸めるんだろうな、離婚してないところをみると」
「嫌だなあ、絶対一緒に仕事したくない」
 宮下は明るく笑って、
「けど明日出社だろ?」
「それ考えただけでも嫌ですよ。なんで従業員の私が何でこんなことで悩まなきゃならないのか、だって店長ってお店がよくなるようにってことで存在してるのに、酷いと思いません!?」
 胸の内を思い切りぶちまける。
「そうだな、うん。その、吉川店長が例えただの世間話の延長でそんな会話を出してきたのだとしても、それは目に余る」
「でしょう? そう、私は今日はこれを誰かに共感してほしかったんです!」
「誰も共感してくれないか?」
「誰がそういう吉川店長の顔を知ってるのか知らないのか分からないから……」
「賢いな、香月は。皆が知らない物を知ってしまってバツが悪くなることを避けてるんだろ?」
「だって皆が明日から仕事嫌になったら大変ですよ、私一人だからまだいいんです」
「そんなに嫌いか(笑)」
「ええ、だって私が奥さんならこの人最低って思うと思います」
「(笑)、そんな香月、初めて見たな」
 ようやく箸を置いて、香月は宮下を見る。
「え、興奮してる私?」
「うん、珍しい」
「昨日誘われたばかりだからですよ、まだ嫌気が消えない」
「うーん……今は流すしかないかなあ……」
「移動にはまだまだならないですよね」
「まだ半年は続くと思う」
「えー……」
「吉川店長なら、絶対香月を倉庫には行かさないだろうしな」
「人としては尊敬できると思うんですよ、仕事の面は。それに、なんか教育されてる気がして、ちゃんとついていこうって思うんですけど、それを裏切るようなセリフを言うんですよね……台無しです」
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