絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「あんまり酷いようなら……」
「そんなに酷くない。だから私の被害妄想かもしれない……」
「……難しいな。被害妄想だと思う?」
「うーん……」
 香月は椅子に背をもたれて腕を組む。
「なんか、嫌、と思ってる気持ちだけが強くなったのかなあ……もし、宮下店長に同じこと言われたら、何も思わないのかなあ……」
「うん……今は店長じゃないからな」
「あ、そうか、はい、宮下課長」
「うーん……そうなら、人が嫌なだけってことになるし。具体的にどんなセリフ?」
「えっと…、宮下店長と付き合ってないですよ、そんなこと言ったら宮下店長に失礼ですって言ったら、そんなことないよ、香月さんは十分綺麗で素敵な人だから、って言われて、黙ったら、だったら僕が誘っても大丈夫ってことだね…」
「危ないなあ…」
「日常会話ではないですよね」
「うんー…、けどなんかこうこれというセクハラ的なセリフではない気がするし…」
「…はあ…もう考えないようにします」
「何かされたらちゃんと報告しよう。けど」
「多分しないですよね」
「うん、自分の立場っていうのをちゃんと分かってる人だからね、今も香月にそう言って、向こうから誘ってくればいいなくらいにしか思ってないと思うよ。今年娘さんが小学校に上がる。なんか名門らしいし…まあ、今は離婚とか、ないと思うな…」
「なんか私の被害妄想みたいで腹立つなあ」
「(笑)、けど、香月がそれだけ感情を表に出せる人ってことだよ、まあ、裏だけど」
「嫌ですよそんなの」
「(笑)、そう?」
「そう。でも今日はすっきりしました。今度言われたら、ちゃんと流してやるぞって気になりました」
「それがいい」
 宮下は終始落ち着いて、こちらの話をよく聞いてくれた。自らの話はほとんどしなかったと思う。帰りも、今日は朝ユーに乗って来たのでタクシーに乗せてくれた。
 以前なら自車で自宅まで送り届けてくれただろう…、警戒されないように気を遣っているのだろうが、まあ自然だから特に気にもならない。
 しかし、彼は今日の食事をどう感じただろうか。
 好きな人に食事に誘われて、仕事のストレスを持ちかけられて、そのまま発散して、さよなら。
 自分なら…、先がない、と強く感じるかもしれない。
 宮下のことは決して嫌いではない。
 今日の感じからすると、いつか好きになれないこともないかもしれない…。
 何故自分は宮下になびかないのだろう。
 考えながら、自室に入った途端、携帯電話が震える。
 このときはまだ考えもしなかった。
 自分と、あの榊の関係が、また、揺るぐことになろうとは。
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