絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「疑ってたよ、まだ愛が俺のことを好きなんじゃないかって。それなのに、そうやって車を貰って乗り回して。それが自分のことを馬鹿にしてるように思えるって。
 俺がまずかった。言っただろう? 6年ぶりの再会じゃなくて、一度ロンドンで偶然会ったって」
「うん……」
「そんな偶然があるはずがない。本当は、まだ2人は裏でずっと続いてて……という感じかな」
「……本当はもっと酷い言葉で言ったんだね」
 その予想は宮下でも容易にできた。
「被害妄想、ということもあるがな。とにかく、……しばらくは会わない方がいい。会うなら、せめて車を返してからにした方がいい。どちらにせよ、車は返した方がいいとは思うけど」
 香月の真剣な表情から、重い溜息が洩れた。
「未遂……って、本当に死にそうだったの?」
「いや、死に切れる量じゃなかったし、第一自室で飲んだからな。あそこならすぐに人が来る」
「……良かった」
「ただ、未遂のつもりでやったのか、本当に自殺するつもりだったのかは、分からない」
「じゃあ、もし、死にたいって思ったら……」
「だから、気持ちを荒げないためにも、会わない方がいいんだ。行っても、解決には繋がらない」
「車を返せばいいんでしょ?」
「違うよ、その相手が愛のことを気に入ってるのが気に入らないんだ。お嬢様には、他に良い人がいると……そういう風にもっていったんだがな……。
 また違う人のことを好きになって、忘れれば。昔のこととして忘れれば、なんとか3人か4人で会うことはできるだろうが。2人きりで会うのはちょっと……」
「……」
 香月は目を閉じ、手のひらで顔を覆った。色々なことに相当のショックを受けているようだった。それに対し、奴は平常心で、コーヒーを適当にすすり、まるで一人解決したかのように涼しい顔をしている。 
「愛……聞いていい?」
 ずっと黙っていた宮下は、この沈黙でここぞとばかりに口を開いた。
「……そうね」
 彼女は返事をしただけで、なかなか顔を上げない。
「そう、言ってなかったわよね……。私もあんまり言いたくなかったから……」
 そして奴の方を見て、
「ううん、いいの。いつかは……言おうと思っていたのよ」
 奴は何か口を開きかけたが、彼女はそれを遮るように、
「その、今の病院にいるのが、樋口阿佐子さんって言って、私の幼馴染。幼稚園の時、ピアノスクールで会ったのがきっかけ。それでずっと連絡を取り合って仲良くしてきたの。
 で、高校の時、初めて主治医の榊先生に会って3人が知り合いになったの。
 隠しても仕方ないしね、うん、当時半年くらいだけど、よく……2人で遊んだりしてた」
 ほんの5秒の沈黙が何時間のように長く感じられた。
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