絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
巽との深まり
 『クラブ アクシア』をインターネットで探すとすぐに公式ホームページが見つかった。その他、町ナビやブログを見ての総合判断。
 政治家、著名人御用達の会員制高級クラブ。
 その店のオーナー……どこにも名前は出ていないが、確かにあの時彼は「巽 光路(たつみ こうじ)」という名刺を出した。
 その、クラブに行って、彼の名前を出し、こちらの名前を告げる……それだけではさすがに会えないだろう。かといって、会員になって酒を飲んだからといって、会えるわけでもない。
 しかも近くに会員なんて……。あ、そうか。レイジなら……いや、ユーリ!……無理か。彼はそこそこの有名人ではあるだろうが、著名人ではない。
 何故どうして今になって、巽なのか。
 理由は、リュウの車を返すためだった。榊と話し、宮下に厳しく言われ、それを心に決めてからずっとその方法を考えていた。
「俺が言ってもいいよ」
 宮下は簡単に言うが、それでは絶対に通らないだろう。
「ううん、自分で言う。言える相手だしね」
 自分に言い聞かせる。そう、彼自身は特に怖くはない。こちらに危害を加えるつもりがないことを盾にしているせいか、少し気楽でいられる。
 だからといって、今更車を突然返すほどの交渉力が自分にあるとは思っていなかった。思えるはずもない。
 あれから、10か月、何の連絡もないせいで今さら事を荒立てる気にはなれない。
 少し、誰かの力を借りるしかない。
 最終的には自分で乗り切るしかないことは分かっているが、それまでの過程の中で、自分一人よりは、誰か味方についていてもらった方が安全だと思った。
 一般人一人では立ち向かえないほど壁が大きい。
 そして出た名が巽。
 そもそもそれしか選択肢がない。
 使ってどうなる選択肢ではないかもしれないが、使わないよりは使ってみて失敗した方が後悔の仕方もあると思い、決心したのだ。
 そして今自分は、クラブアクシアの前にいる。
 何を着てくるのかかなり迷ったが、バカにされない黒のパンツスーツにコートなら、安物でも文句も言われないだろうと、予測した。
 セリフは何度もシュミレーションした。
 一度小さく深呼吸して、重い開き戸を開けて風除室にる。
 開けた途端、中の音楽が少し耳に入り、緊張感が増した。
「いらっしゃいませ」
 まず受付の若い男はにこりと愛想笑いをする。
「あの……」
「はい?」
 道でも聞かれると思ったのか、男はすぐに表情を正常に戻した。
「私は香月という者です」
予定通り、まず名刺を出す。社名のホームエレクトロニクスは、恥ずかしくはない。
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