絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 榊が仕事へ戻った後も、ただ香月と夕貴は同じ視線で会話を続けた。途中、会社に何の連絡もなしにここへ来たことを思い出したが、宮下がどうにかしてくれていると信じ、連絡することはおろか、携帯を見ることもしなかった。
 それに反して夕貴は頻繁に連絡が入り、とても忙しそうである。自分の会社と家庭を持つともなると、たった一日私用で出ることにこれだけの支障がでるものかと、感心すらした。
「忙しそうね」
 午後9時、30分にもなる長電話の後、ようやく姿を見せた夕貴は頭を掻きながら首を捻った。
「お前も電話したら? 朝喧嘩して出てきたんだろ?」
 そう言う髪の毛からはタバコの匂いがした。
「夕ちゃんは奥さんに電話したの?」
「したよ」
 言いながら、夕貴は本日3本目の缶コーヒーを開けようとした。
「またコーヒー飲むの!?」
「今日まだ3本目だよ」
「飲み過ぎだよ」
 香月は呆れて見せたが、
「電話して来いよ。謝って来い。相手はまだ仕事か?」
「今何時?」
 夕貴は携帯電話を取り出し、ディスプレイを確認する。
「9時13分」
 仕方なく香月は立ちあがり、溜息をついてから外へ歩き始めた。電話して何を話そう。考えながら携帯を開いたが、誰からの着信もなく、それが宮下の自分への好意だともちろん感謝はしたが、それと、これとは別だと心に決めた。
 病院の外の空気が冷たく、本当に美味く感じた自分に少し、罪悪感を感じながら、発信ボタンを押した。コートは羽織って来たが、手袋をはいていないせいで、指がすぐに冷たく、硬くなる。
「もしもし?」
 今日は午後出社だから、それほど疲れてはいないはず。
『もしもし、今、どこ?』
 その声は、いつも通りで。突然、宮下が自分の上司であること思い出した。
「今病院。想像以上に危ないらしいから、今日はここで泊まるね」
『ああ……』
「仲いい子もいるから平気」
『榊?』
「違う」
『女? 男?』
「やめてよ、そういうの」
『心配するよ……一度、行っていい?』
「なにのために?」
『会いたいから』
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