絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「分かりました。今晩日本にお送りしましょう」
「あ、ありがとうございます」
「時間まで……もう少しだけ話をしましょう」
「はい」
 香月はほんのお礼に、と思って微笑む。彼もそれに応えた。
 帰りの車での彼の話は軟らかな、懐かしい話だった。
 自分の生い立ち、亡くなった兄、そして父、誰だか分からない母、そして、組織。
 組織の話は想像ばかりで詳しいことはよくは分からなかったが、彼が自分の立場や周りのことを説明しようと心がけているのだと、そういう気持ちでいることだけはよく分かった。
 そうやって話をしていると、彼がただの一般市民ではなく、やはりトップに立つ身であり、そのプライドや背景が見え隠れした。
 ただ、心はただの人であった。
 事実、香月のことを救い、話がしたいと、何の利益にもならないようなこともする。
「今度はいつ香港に来られますか? 今度はこんな危険な目には絶対に合わせません」
 彼は静かに微笑む。
「あの、私……。ただ……」
「何でしょう」
「ただ、私は、その、そうやって、今回も助けてくださったり、車を頂いたり……。だけど私には、お返しができません」
「まだそんなことを言っているのですか……」
 あれ、言ったかな、と香月は過去を思い出す。
「いいのですよ、そんなことは。それに、櫛を頂いたではありませんか」
「いえ、あれは……あんなものはその……ほんの気持ちですので……」
「いいえ、あれは大切なプレゼントです。確かに頂きました。大切にします」
「……そうまで言っていただけると、悩んだ甲斐もあります」
 香月は恥ずかしそうに笑う。
 彼もそれを見守るかのように、ただ静かに頷いた。
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