絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ

自覚への序章

 真籐司(まとうつかさ)に呼び出されるとろくなことがない。
 そう分かっているが、実際呼び出されて無視するわけに、いかない。
 香西陽介(こうざいようすけ)は歩きなれた廊下の先のドアを見つめながら、ある程度の覚悟を決めていた。
 約10年前勤めていた会社が倒産し、家電販売店ホームエレクトロニクスに途中入社した。前職とは畑違いの職場であったが、幹部の1人と偶然顧客関係にあり、引き抜いてくれたことで、今の自分は存在する。
 結婚こそする機会を持てなかったが、それでも、がむしゃらに走り続けて今、それに見合う位置をつけてくれている。大型店店長。自分でも納得できている。
 対して、真籐司は対照的で、生まれながらにして恵まれた存在。副社長の息子として育った彼は、入社して間もなく、本社の人事部部長として堂々と店舗を訪れる。
 その、真籐が何の用事か知らないが、こうやってわざわざ、店舗まで足を運んで来ていた。
 店長室のドアを開けて彼の姿を発見すると嫌なもので、愛想笑いが、単なる苦笑いになってしまう。
「どうですか、最近は」
 先に話しかけたのは、真籐。久しぶりに見る顔だが、それにしても、女ウケがいいのは充分頷ける美顔だ。副社長と、よく似ている。
「まあ、いい感じできているとは思いますけどね」
 上座のパイプ椅子に既に腰掛けていた真籐はこちらが腰掛けるタイミングでこの話題を振ってきた。即、本題に移りたいようである。
「ここも、本当によくなりました。あなたが来たからだと思います」
 そうだろう。自分でも自信を持って言える。
「そう、ですね。100パーセントを目指してやってきましたから。でも、今は120パーセントだと思います」
「そろそろ、場所を変えませんか」
 奴の若い目は、穏やかだ。
「まさか、東都本店……」
「ご名答です」
 目の前で、少し長い黒髪がさらりと揺れ、自分とは全く違う種類の毛並を感じ、思わず目を逸らした。
「……いや、真籐さんが来ると知った昨日から、薄々は気づいていましたが……」
「とりあえず、松岡さんの場所を変えます。そこを埋める人がいる」
< 27 / 202 >

この作品をシェア

pagetop