絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
 松岡というのは、東都本店で昨日まで副店長を張っていた男である。ところがどっこいどうしたことか、2週間ほど前、本社にセクハラの密告電話があったらしい。どこにも出てない情報だし、人づてに聞いた話なので曖昧だが、真籐の今の言い方からして、こちらが知っていることを知っているようである。
「宮下店長の下で……か……」
 昨日なんとなくシュミレーションはしてみた。だか、少し自信がない。
 宮下の下には、冷徹の仲村、色男の矢伊豆、二度咲きの佐藤がいる。そこに自分が入る……。松岡がどういう男でどんな仕事をしていたかはよく知らないが、やっていけるだろうか……。そのメンバーの中でかろうじて知っているのが、仲村である。彼の下では昔働いたことがあった。それが今度は同じ土俵に立って……。
「今、東都もいい感じになってきています。もしかして、店長の方がいい、とかお思いですか?」
 なんという不躾な質問だと、怒りを堪え、
「それは全く」
 自然に腕を組んでしまう。
「今に比べると大変かもしれません。だけど、やる価値は十分にあります」
 そういう大人びたセリフを言われるとちょっと笑ってやりたくなるが、そこは我慢。
「そうですね。やってみようと思います。4月からですか?」
 というかそれ以外に逃げ道はないだろう。
「はい、4月1日づけで。正式な通達は今月下旬に流します。それまでは極秘です。結構大掛かりな移動になりますから」
「はい……」
 東都本店……。その広さと従業員数、規模の大きさといったらない。ここで店長を張るとなったらぞっとするくらいだ。
 それを思うと、やはり宮下という人はすごい人なのだと思う。そんな人の下で働けるのなら、光栄なのかもしれない。
 そして、正式に移動通知が流れた。その翌日、平和にも休日だったので、さっそく東都本店へ挨拶に向かった。
 自宅からの距離は現在の店舗と東都のちょうど真ん中くらいにあるので、通勤距離が変わらず、助かる。
「あぁ、お久しぶり」
 宮下はスタッフルームで数人で昼飯の途中だったが、こちらに気づくと機嫌よく挨拶をした。
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