絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅱ
「うん」
「あ、いえ……」
 ただの仕事の一環ではあるが、礼を言われるのはもちろん嫌な気はしない。更にジュースが加わるとなると、なんて誠実な人なんだと好感度がかなりアップした。
「これ、お礼に」
 と言いながらコーラを香月の方へ差し出した。
「え、いえそんな……。あ、ありがとうございます」
 香月は驚きながらも微笑んで軽く頭を下げた。
「あ、それ新商品だよね? 昨日テレビで見た」
 寺山は菓子の袋を指差して言う。
「あ、良かったら、どうぞ」
 慌てて袋の口をそちらに向ける。
 寺山は「ありがとう」ときちんと声に出すと、スナック菓子を袋から一つ取り、口に入れた。
「香月さんと多分今まで話したことなかったよね」
「あー……そうかもしれませんね……」
 あったとしても業務的なことだと思う。香月は特に意識したことはなかったがよく噂になる人物なので、有名人の一人として知っていた。
「依田さんがよく自慢してますよ」
「えっ、何を?」
「香月さんにはいつもジュースをおごるって」
「(笑)。何の自慢になるんですか(笑)」
「倉庫って大変そうな気がするけど、時々行ってますよね?」
「うーん、女の人が一人だからそうでもないですよ。簡単なことだけしてればいいって感じで、皆が助けてくれるから。気分的には、上よりはずっと楽です」
「依田さんが助けてくれるとか?」
「いえ、依田さんに限らず……」
 香月は沈黙が怖くて、早口で次の話題が膨らむよう、どうでもいいことを口に出す。
「あ、そう! 依田さんって彼女いるんですか!?」
「いやー、いないんじゃないかな……。狙ってるんですか?」
「いえ、全く」
 その言い方があまりにも露骨だったので、2人は笑った。
「いえ、そんなすごく魅力的な人だと思うんですけど、私は特に……」
「分かる、分かる(笑)」
 寺山はさもおかしそうに笑ってくれる。冗談が通じて良かった。
「香月さん、面白いなあ」
「そんなことないですよ」
「よかったら今度、食事に行きません? 今日でもいいけど」
 その唐突な誘いに、香月は驚いて返事のタイミングを失う。
「えっ……って……」
「今日でも良かったら、今日夜まででしょ? さっきシフト見たらそうだったから」
「あぁ……そうですね」
「テレビ包んでくれたお礼。場所はパスタでいい? ディアーズ」
「あ、はい。特には……」
「よし決まり、じゃあ帰り……俺の車でいいかな。2台も出すの勿体ないでしょ」
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