惑溺
 
「帰んの?」

玄関でブーツに足を通す私の後ろから、リョウの声が聞こえてくる。
私がこんなに怒ってるのに、どうしてそんな平然と声をかけられるの?
いつもと変わらない淡々とした低い声にまた苛立つ自分が情けない。

「帰るっ!」

振り向きもせず怒鳴るように言って立ち上がろうとした時、後ろから伸びてきた指が優しく私の髪を梳いた。

「忘れ物。ソファーに落ちてた」

そう言いながら長い指で私の肩までの髪を優しくすくい上げ、茶色のシュシュでとめてくれた。


ねぇ、リョウ。
いつも酷い事を言って冷たく笑うクセに、私に触れる指がこんなに優しいのは

……どうして?

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