惑溺
松田由佳。23歳のごく普通のOL。
短大を出て、地元ではそこそこの規模の建設会社に経理事務として就職してまだ数年。
結婚なんて少しも考えた事なかったのに。
付き合ってたった3ヶ月の彼氏、加藤聡史から突然されたプロポーズ。
あまりに予想外の出来事にどうしていいのかわからなくて、高校時代からの親友の博美に、バーでふたりで飲みながら話を聞いてもらっていた所だった。
「聡史さんって、いくつだっけ?」
慣れた仕草でフーっと細く白い煙を吐き出しながら博美が私を見る。
「29歳……」
「あー、そんなに上だっけ。確かに結婚考える歳かぁ」
私は小さく頷きながら、目の前のグラスについた水滴を指でなぞった。
「聡史さん確か学校の先生やってるんだったよね。
結婚してないと職場で色々言われるのかもねー」
博美は煙草を灰皿に押しつけると、お酒の入ったグラスを一気に傾ける。
私は目の前の博美の喉がゴクリと上下するのをぼんやりと見ていた。
「由佳はおっとりしてるから、強引に押せばすんなり結婚出来るとか思われてるんじゃないの?」