時は今
忍が愛していた、桜沢静和という人間がそれを編曲したということも、四季に興味を抱かせた。
(この音、好き──)
何故この音になるのか、林光の音楽に触れて、桜沢静和の音楽に触れると、四季の心には桜沢静和の愛した音楽がどういったものなのか、わかる気がした。
四季は何においてもそうなのだが、感動するものにふれた時の心の反応が、とても素直である。
とても綺麗な景色を見たから絵を描きたくなったというのと同じに、とてもいい音楽にふれたらその音楽を奏でたくなる。
そうしてピアノを弾いていると、いつのまにか時計の針は正午過ぎになっていた。
トントン、というノックの音と「若様」と呼ぶ声に四季は手を止めた。
「朝もお見えになっていないので、お食事はと思い」
もうひとりのお手伝いが顔を覗かせた。学校を休んでいる理由が理由なのでそれもあるのだろう。
四季は朝は家でお粥を作って食べてはいたので、そんなにお腹は空いてはいなかった。
「うん…。食べたけど」
「食べたって、何をです?」
「お粥」
このあたりが四季の素直なところである。あれこれ言われたくなければもっと別の答え方でもすればいいのだが、そこまで考えが回らないのだ。
もっとも、そんな余計な気が回らない方が若様の状態の把握が正確に出来るため、お手伝いとしてはその方がありがたいが。
「若様、ピアノをお弾きになりたいのでしたら、きちんとしたものをお召し上がりになってからでも」
「うん…。そうだね」
四季はピアノに名残惜しい様子だったが、体調のことは本人も気になっているため、頷いた。
「お持ちしましょうか?」
「ううん。お祖父様たちは?」
「今からですけど。若様もご一緒に?それは旦那様も喜ばれます」
お手伝いは、食の細い四季のことを心配するのが嫌いではない。息子でも可愛がるような表情で四季を見た。
四季もそれでふわっとした表情になる。