時は今
上着を羽織り、お手伝いと一緒に隆一郎の家に続く回廊を歩き始めた。
隆一郎はお手伝いが四季を連れて来るのを見て、目を細める。
「…元気か」
「はい」
隆一郎は舞踊や音楽には理解がある。住まう家は別々ながら、隣りの家から聴こえてくる四季のピアノに時折耳を傾けていることもある。
言葉少なに隆一郎と四季は椅子にかけた。早織は外に出ているようで、隆一郎と四季のふたりだけだ。
四季もそうだが、隆一郎もそれほど食べる方ではない。
体調が良くない時に、食べなければダメだという強迫観念に苛まれやすい四季は、隆一郎との食事は心が落ち着いた。
無理に食べなくてもいいという安心感がある相手だと、それだけで気分は和らぐものなのである。
昼食はすんなり喉を通った。
その後、隆一郎が「一局どうだ」と言うので、四季は「いいですよ」と答え、ふたりは将棋を指し始めた。
お手伝いたちはその様子を見て台所の方でクスクス笑い合った。
「旦那様が若様を気遣うつもりが若様が旦那様を気遣っているのかもわからないわね」
「両方なのよ」
「旦那様は若様が可愛いのねぇ」
「あら、あんな容姿端麗な孫が自分の遺伝子だとなると、旦那様でなくたって嬉しいでしょうよ」
四季は将棋はそれなりに指せるが、隆一郎ほどは強くはない。
だが、それで丁度良いのである。孫が勝つようになってしまったら、年寄りにはいよいよ楽しみがなくなってしまうからだ。
早織が帰ってくる頃、四季は長椅子でうたた寝をしていて、隆一郎はそのそばで本を読んでいた。
指していた将棋はそのままになっていた。
対局の有り様を一目して、早織がふふふと笑った。
「あらあら、どんな指し方をしたら、こんなことになるんです?」
「将棋には性格が出るな。四季はこちらが差し出した獲物には単純には喰いつかない。ちょっと考えて『こうですか?』と聞くように変わった手を打ってくる。こっちも解釈に戸惑う。四季には将棋も音楽のように聴こえているのかね」