時は今
雛子は朝から教室で縫い物をしていた。丘野樹にキスされた時に、家庭科室にそのまま放り出してきた衣装は、樹がトルソーに綺麗に直していてくれた。妙なところで律儀な人間だ。
朝早く来たのは、昨日、四季が学校を休んだからだ。心は静かにはなったが、つまらなかった。寂しかった。揺葉忍を見ていると、四季とはまだつき合ってはいなかった頃の揺葉忍を思い出した。
ひとりですっと立っている姿も様になる彼女。揺葉忍の雰囲気は雛子も好きだった。
(その揺葉忍を四季くんは好き)
好き、好き、好き──。
好きな感情って何なんだろうと雛子は思う。自分が心地よいと感じるもの?ときめくもの?
その好きなもの同士が幸せそうだと、何か悔しいと思ってしまうのは、自分だけその幸せを味わえていない疎外感を感じるから?
(疎外感、か…)
「…ばかみたい」
ため息をつき、雛子は顔をあげた。
好きという感情がとめられなくて、考えても仕方のないことを、つい考えてしまう。
不毛だ。
四季と忍がお互いに好きで幸せなことがなんだというのか。
私は私だ。
縫う手を休めて、ぼーっと窓の外を眺め始める。
四季は比較的登校時間は早い。早く来て、ピアノを弾いていることがあるからだ。
(四季くんのピアノ、聴こえてこないかな──)
そうだ。それがいちばん幸せだ。ずっと綾川四季の音にときめいていた。あの頃から──そして今も。
ガラッと教室の戸が開いた。無愛想だが、たぶん人はいい人だ。舘野馨。
「……」
雛子を見て、声は発さず、軽くお辞儀をした。「おはよう」だろう。
「おはよう」
雛子は声に出して挨拶を返す。馨は口の端をわずかに上げて、席についた。
雛子の様子を見てそうしようと思ったのか、それとも最初からそうする予定だったのか、馨も縫い物を始めた。
黙々…。
しーん、と沈黙が流れ、馨の手だけが動いている。
雛子は自分の衣装に目を戻すと、馨につられるように縫い物を始めた。
やがて馨は縫っていたものを机に置き、呟いた。
「…出来た」
雛子は目を上げる。馨と視線が合い、雛子は聞いてしまう。
「衣装が?」
「うん。どう?」
馨は縫い上がった衣装を身に当てて、雛子に聞いてきた。