三日月の下、君に恋した
 それはさすがに言いすぎだが、このひねくれた作家の本を心待ちにしている読者は大勢いる。

 そのことを誰よりも知っているからこそ、心苦しいのだ。彼の作品を独り占めしていることが。


 だがリョウはそんなことにはまったく頓着していないようすで、おもむろに縁側でブーツを脱ぎ始めた。

「何すんだ?」

「だから、片付けるんだろ」

「今から?」

「そう」


 乱暴にブーツを脱ぎ捨てると、勝手に家の中に上がりこむ。

「ちょっと待て、おい」


 高校時代に何度かこの家に来ているから、間取りは知っているはずだった。

「東の洋間のドアは開けるな」


 航の言葉に、リョウが不審げな顔を向ける。

「見られちゃマズイものがあるのか」

「ゴミ溜めなんだよ」


 リョウに見られる前に、あれをどこかに移しておかないと、と航は思った。
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