三日月の下、君に恋した
 言葉にならないくらい、自分自身に苛立っていた。


 やらなければならないことと、やりたいこととが、不快な音をたてて軋み合っている。

 彼女に触れるべきじゃないとわかっているのに、抑えがきかない。


 さんざんひどいことをしたのに何もほんとうのことを言えず、さらに近いうちに裏切ることになるのは確かで、そうなったらきっと彼女は深く傷つく。


 何もかも投げ出して、ここから立ち去ればいい。


 全部なかったことにして、忘れてしまえばいい。


 今ならまだ誰も傷つかない。それが自分にできる最後の選択だとわかっていても、できない。心は、彼女のそばを離れたくないから。


「お疲れー。ここいいですかー?」

 聞き覚えのある甲高い声に顔を上げると、通販課の城ノ内美也子がトレイを手にして立っていた。セリフの前半部分は太一に、後半は航に向けたものらしい。

 と言っても、本人は航がうなずく間もなく席についているが。


「ひとり? 沖原さんは?」

 太一が聞いた。

「半休とって帰ったよ。今日から旅行に行くんだって」

「へー」

「急に決まったみたいなんだよね。きっと彼氏の都合だよ」
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