三日月の下、君に恋した
「両親も数年前に亡くなってますし。本人は学校を出てすぐこの町を出て、たまにしか帰ってこなかったみたいですよ」

 世間話をしているような、落ち着いた話し方だった。

「そうですか」

 返事をしたものの、簡単すぎて実感がなかった。


 想像していた答えのうちのひとつではあるけれど、菜生の中では今の今まで生きていた北原まなみが、彼女の一言で、死んだ人になったのだ。


 それに、だったらなぜ、この家にいないはずの北原まなみに手紙が届いていたんだろう。菜生は最初の手紙からずっと、この住所に宛てて手紙を送り続けていたのに。


「まなみさんが書いた本のことは、ご存知ですか」

 菜生は手紙をカバンの中にもどして、聞いてみた。

「わしらに聞いてもわからんよ」


 びっくりして振り向くと、背後に作業着の老人が立っていた。髪は白く、痩せているけれど、真っ黒に日焼けした顔が精悍そうに見える。

「本のことなど、わしらは何も知らん。申し訳ないが」

「いいえ……こちらこそ、すみません」

 何となく怒っているような男性に礼を言って、菜生は家の前から離れた。夕日は山の端にさしかかり、金色の世界は少しずつ濃い影の中に飲みこまれていこうとしていた。
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