三日月の下、君に恋した
 菜生は待たせているタクシーのもとへもどり、後部座席に座った。

「駅までもどりますか?」と、運転手が眠たそうな声で聞いた。


「このへんに旅館とか、ありませんか?」

「さあ……どうだろうねえ」


 首をひねりながら、やっぱりこころもとない返事をする。

 菜生は、カバンの中からもう一度手紙を出してながめた。最後に届いた手紙だった。


 いったい彼女は、この手紙をどこから出していたのだろう? この場所にいなかったのなら、菜生と文通をしていた数年間、彼女はどこにいたのだろう?


 窓を叩く音がして、菜生は顔を上げた。さっき話した割烹着の女性が立っていた。

「あのーもしよかったら、泊まっていってくださいな」





 菜生は二階の客間を借りることになった。

 住んでいるのは夫婦だけのようで、広い家の中はひっそりとしていた。

「何もないけど」と言って出された食事は、野菜が中心の献立だった。味付けは変わっていて、この地方独特のものだったけれど、とてもおいしかった。
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