三日月の下、君に恋した
 それがどこから聞こえてくるのかはわからない。気づいたときには、すべてが闇の声に満たされていた。耳がおかしくなったのかと思うくらい、氾濫し、共鳴している。

 途切れることなく谺する闇の声は、いつの間にか菜生の鼓動と重なり、深く大きなリズムを刻んでいる。限りなく遠い世界の果てまで。消えることなく。




 三日月の森は、ほんとうに存在するんですよ。

 いつか、あなたもきっと出会えると思います。




 彼女からの最後の手紙には、そう書いてあった。


「ここだったんですね」


 菜生のつぶやきとともに、闇の声はちいさくなって、やがて菜生の鼓動の中に消えていった。

 翌朝、菜生は夫婦にお礼と別れを告げて家を出た。

 ずっと黙ったままだった白髪の男性は、別れ際に「申し訳ない」と言って頭を下げた。
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