三日月の下、君に恋した
「そんなことありませんよ。もしかして、気を遣ってます? それで電話してくれないんですか?」

 子供みたいに、拗ねたような顔をする。

「ちがいます。いえ、それもちょっとあるけど……でも、ほんとうに、連絡しなきゃいけないようなことは何もないんです。私は大丈夫ですから、心配しないでください」

「そう? なんだかちょっと残念だわ」


 雨が降り出して、公園にいた人たちはほとんどが家に帰ってしまったようだ。菜生たちが逃げこんだ屋根付きのベンチには、ほかに若いカップルがひと組いるだけだった。

「社長のこと、少し聞いてもいいでしょうか?」


 長崎雅美は、菜生の質問にうれしそうにうなずいた。二人でベンチに座る。


「どうして社長は、あんなに絵を描くことにこだわってらっしゃるんですか」

「こだわっているように見えます?」

「はい。とても」

「そうですね。どうしてかしら」


 聞いてはいけないことだったのかもしれない、と菜生は思った。長崎雅美は明らかにその理由を知っているようなのに、話すつもりはないらしい。

 絵を描き上げたら、社長は引退するつもりなのではないかと、菜生は考えていた。でも、どうして絵なんだろう。


「それに、失礼ですけど、最初から描くつもりがないような気もするんです」

「ええ、私にもそう見えます」
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