三日月の下、君に恋した
 何を言ってるんだろうこの人、と菜生は顔を上げて目をこらしたけれど、サングラスに隠されたグレーの瞳を確かめることはできなかった。

「葛城先生」


 遮るように強い口調で、航が呼んだ。

「うちの社員をナンパするのはやめてください」

 笑っているけれど、目は笑っていない。


 葛城リョウは「ハイハイ、わーったよ」と不満げにこぼしながら、菜生を見てにっこり笑った。

「で、アンタはどこ行くんだよ?」

「郵便局です」

「ふーん」


 不良作家と並んでビルを出る直前に、菜生はちらっと後ろを振り向いた。航がエレベーターの前で腕を組んで立っているのが見えた。無表情で、何を考えているのかわからない。

「あいつのことならほっとけ」


 菜生はびっくりした。そう言って、葛城リョウは楽しそうに笑っていた。

 ビルを出ると、春の陽射しがビル街の通りを明るく照らしていた。昼休みの外出からもどる途中の会社員たちが、満足そうな足取りでぞろぞろ歩いている。
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