三日月の下、君に恋した
 何が何だかわからない。

 きっと数か月前なら、他人のことにここまで執着するようなことはなかったはずだ。


 秘密くらい誰でも持っている。


 人に言えないことを、たぶん人よりたくさん持っているぶん、他人の秘密にも深入りしようとは思わなかった。

 彼を好きだという気持ちに気づいたあとも、そういう意味では、例外だと思っていたわけじゃない。特別な想いがあれば、好き勝手に踏みこんでもいいとは思っていない。


 あの夢のせいかもしれない。

 三日月の森で聞いた、あの声のせいかもしれない。

 彼の秘密に、黙って目を閉じることができない。


 そのとき、菜生はタクシーの運転手が話していたことを思い出した。

「葛城先生が今書いている……ああ、いえ、そうじゃなくて。その……葛城先生は、北原まなみっていう作家のことを、ご存知ですか」

 彼は答える代わりに、ポケットから手帳を出して何かを書きこみ、そのページを破って菜生に渡した。乱暴な字で住所がメモされていた。

「いつでもいいからここへ来な。そしたら、あいつの秘密を教えてやる」


 渡されたメモから顔を上げると、彼はもうサングラスをかけていた。

「じゃーな」

 そっけなく手を振って、葛城リョウは人混みの中に消えていった。
< 156 / 246 >

この作品をシェア

pagetop