三日月の下、君に恋した
「メモのことですか? あれがあると便利なんですよ、結構」

「あんなにたくさん、必要なのかねえ。まるで教習所みたいだ」

「忘れっぽいたちなもんで」

「ふーん」


 まさか、個人フォルダの中を覗かれるとは思わなかった。

 社内外を含めてデータのやりとりが多い営業企画部の面々は、増えつづける膨大な量のデータをいちいち細かく分類しないし、フォルダの整理なんかしている時間も余裕も習慣もない。

 当然のごとく、個人フォルダの中は、自分だけにしかわからない複雑な巨大迷路と化しているのだった。誰でもアクセスできると言っても、ほとんどの場合、希望の目的地にたどり着けるのは本人のみである。


 要するに、どのデータがどこにあるかは、フォルダの持ち主である本人にしかわからないのだ。

 だから、よほどの理由がないかぎり、他人のフォルダの中に入ってみようなんて誰も考えない。


「自分のためじゃないんだろ?」

 部長のデスクの上に積まれた資料の束を、無造作にぱらぱらめくりながら、山路は言った。
< 165 / 246 >

この作品をシェア

pagetop