三日月の下、君に恋した
 営業企画部の会議には出席するが、特にこれといった意見も出さず、資料の山で築いた砦のような席で、インターネットにふけったり雑誌を読んだりして一日を過ごしている。

 遅くまで残っているのは残業代を稼ぐためで、仕事はほとんどしていない、と友野太一が陰口を叩いていたのを思い出した。


──居眠りしていたのは間違いないな。

 山路の脂ぎった頬に、押しつけたような赤いあとが残っているのを見て、航は苦笑した。


「なあ。ちょっと聞いてもいいか」

 すぐに帰るのかと思ったら、山路はぶらぶらと航の席の近くまできて、航のノートパソコンをのぞきこむような仕種をした。

「あんたの個人フォルダの中を、ちょっと見せてもらったんだけどな。道路標識だらけだったな」


 航はぎょっとして、マウスの動きを止めた。

 個人フォルダは営業企画部の共有フォルダの中にあり、日常の業務で使用するデータの保存場所だった。部外の人間はアクセスできないが、営業企画部の人間なら誰でもアクセスすることができる。


 航は笑顔をつくり、振り向いた。
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