三日月の下、君に恋した
「まあいいや」

 山路はぽん、と資料の束を部長のデスクに投げ捨てた。

「アンタが鳥になる理由なんか知りたくないし。知ったところで俺には関係ないしな」

 寝癖のついた白髪まじりの髪を、急に思い出したように整え始める。


「ま、残りの時間が平和に過ぎるように祈っといてやるよ」





 夜が来た。


 森はすっかり暗闇の中にとりこまれていた。

 光の痕跡すら残さず、夜と同化している。


 少年は樹の根に腰をおろして、静かに森のようすを眺めていた。


 私は彼に安心してもらいたくて、どうにかして言葉を伝えようとするのだけれど、アカネズミの言葉は人間の少年には通じない。

 少年は、樹の幹に背中を押しつけるようにして膝を抱え、ぼろぼろのマントにくるまって小さくなっている。夜の森におびえているのだ。


 せめて、私がここにいることを伝えたかった。ひとりではないとわかったら、すこしは気が紛れるかもしれない。

 彼に気づいてもらおうと、正面にまわって、彼の足もとに近寄ってみた。
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