三日月の下、君に恋した
 正面から彼の顔を見たとき、私ははっとした。

 彼の顔は恐怖に青ざめ、小さな体はがたがた震えていたけれど、大きな目はしっかり見開かれ、深い闇を見つめていた。


 森は巨大な闇溜まりのように、深く濃い底なしの闇をかかえて世界の穴に落ちこんでいた。


 だけど、もう彼は気づいている。

 ここも、三日月の森の一部だということに。


 深い闇溜まりの中で、森が動きだす。風が吹き、声が響く。途切れることのない夜の谺が広がり、響きあう。


 いつしか私の胸の鼓動もまた、響きあう谺のひとつになっている。彼の鼓動も。

 よかった、と私は思った。

 何がどういいのかわからないけれど、心からそう思った。





 夢から覚めたとき、菜生は不思議な感覚にとりつかれてとまどった。

 夢の中の少年が、姿も年齢もまるでちがうのに、航と重なる。


 ちがう。


 夢の中の菜生の、少年に対して抱く気持ちが、現実の菜生が航に抱く気持ちと、まったく同じなのだった。
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