三日月の下、君に恋した
26.思惑は錯綜する



 専務の態度が一変した。

 もう一度社長と連絡を取ってみる、結果がわかりしだい伝える、と焦るように口早に言って、会議室を出ていった。


──さすが日本一の売れっ子作家。あきれるくらいの効果だな。


 とはいえ、リョウの作品を持ち出すのは気が進まなかった。

 実際、新作の発売時期がキャンペーンと重なるなんて、嘘っぱちもいいところだ。原稿だってまだ書き上がっていないし、いつ完成するかもさっぱりわからないのに。


──だいたい、無関係の企業広告で本の予告なんてありえねえだろ。書籍広告じゃあるまいし。

 言い出したのは本人で、二人で今回の計画を企てたときに「絶対にこれがいちばん効く」と言い張った。航は最後まで使いたくない手だったが。

──これで何とか、あの人の気を引ければいいんだが。


 ほっとして気が抜けたとたんに悪寒が走った。頭痛がする。昨夜から調子が悪いと思っていたが、本格的に風邪をひいたのかもしれない。


 誰もいなくなった会議室の窓に背中をあずけて、航は携帯電話の着信履歴を見た。

 三日連続でかかってきた菜生からの着信履歴を見て、また心が迷った。留守電にメッセージは残されていない。
< 175 / 246 >

この作品をシェア

pagetop