三日月の下、君に恋した
「あの、私、話さなきゃいけないことが」

「あとで聞く。もう黙って」


 返事をさえぎるように、航が菜生におおいかぶさり唇を奪った。

 体が重なり、肌と肌がふれあう。

 航の熱が菜生の体温と溶け合い、鼓動が同じリズムを刻む。


 大きくて力強い体に包まれると、自分とはちがう、彼の汗ばんだ肌の触感や筋肉の硬さを感じて、体の奥深くで快感の源泉がふるえた。


 もう何も考えられない。


 彼の手がもっと先へと菜生を誘うたび、菜生は熱い吐息を漏らして彼の手に身をゆだねた。ずっと聞きたかった声が──耳もとで菜生の名前を呼ぶ低い声が、全身に響きわたる。

 彼が与える感じたことのない感覚に、何度も気が遠くなった。

 ときには荒れ狂う嵐に巻きこまれたように激しく、ときには絶え間なく寄せては返す波のように穏やかに、菜生の快感を導いた。


 航が菜生を求める激しさと優しさを全身で感じるたびに、菜生は泣きたくなった。


 深い夜の海をたゆたうように求め合い、女としての体が純粋な悦びに満たされれば満たされるほど、心には理由のない不安が広がっていく。


 こんな夜は、もう二度と訪れないかもしれないという不安が。
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