三日月の下、君に恋した
 人の近づく気配がした。

 顔を上げずとも菜生だとわかった。

 彼女は何も言わずに、さっきまで羽鳥が座っていた場所に座った。


 目を閉じると、光が消え、闇の中に吸いこまれた。

 草の根のかげから聞こえる息づかい。

 枝の隙間をすりぬけるはばたき。

 夜の空をわたる風、土の中を流れる水。

 深い緑と青の交じり合う世界に、ひとりきり──。


 どこまでも落ちていきそうになって、航は無理やり目を開けた。

 昼間の公園の、やわらかな春の光に包まれた光景が、ふたたび目に映った。

 隣に目を移すと、菜生が心配そうな顔をして見ていた。





 日が傾くにつれ陽射しはゆっくりと弱まり、風が冷たさを帯びていく。

 強く風が吹くたび花びらが舞って、菜生と航の座っているベンチの上にも降りそそいだ。

「やっぱりダメだった」

 長い沈黙のあとで、彼がため息をもらすように言った。
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