三日月の下、君に恋した
 嘘だと知っても、それでも会いたいと思った。騙されていたとわかっても、声が聞きたかった。もっと近くに──そばにいたかった。

 彼が私に見せていた顔が、言葉が、その全部がたとえ嘘だったとしても、この気持ちだけは嘘じゃない。


「私……早瀬さんが好きです」


 彼がどこにいても、何をしていても、関係ない。

 そのことと、この気持ちとは関係ない。


 航がゆっくりと振り向いて、背中にしがみついていた菜生の両手を握った。涙で濡れた顔を見られるのが恥ずかしくて頑なにうつむいていると、彼が自分の額をそっと菜生の額に押しつけた。

「嘘じゃない」

 低くくぐもった、苦しそうな声がすぐそばで聞こえた。


 一瞬強く握りしめた彼の手が、迷うように離れて、ゆっくりと、まるでそうしないと壊れてしまうとでもいうように、静かに菜生の体を抱きよせた。


「俺も好きだ」


 菜生の耳もとでささやかれた声は、かすかにふるえていた。おそるおそる菜生を抱く腕も、聞こえる胸の鼓動も。

「ずっと……好きだった」

 髪と髪が、頬と頬がふれあう。彼の唇がさぐるように頬をかすめて菜生の唇にたどりつき、抱き合ったまま、言葉にできない想いを確かめた。
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